小山泰介
PEOPLEText: Mariko Takei
新陳代謝する都市のエントロピーを写真化するフォトグラファー。
常に変化を遂げている無機的な巨大な生命体とも言える“都市”から有機的な現象を捉えて写真作品を手掛ける小山泰介。2003年から写真家として活動を開始し、2006年から手掛ける「entropix」など、都市を有機体と捉える写真シリーズを発表。現在、世界中で注目を集めている、若手写真家のひとりである。8月のシフトカバー作品と共に、これまで手掛けた作品や今後の活動について紹介する。
まず自己紹介をお願いします。
小山泰介。1978年生まれ、東京在住の写真家です。
物事が変化する過程や、都市の中の自然現象などに興味を持って製作しています。
写真作品を手掛けるようになった経緯を教えて下さい。
学校では自然環境について勉強していましたが、2003年10月から本格的に写真作品を製作するようになりました。大きなきっかけはデジタルカメラを手にしたことです。デジタル化によって自宅でプリントやポートフォリオ、本などの製作をすることが可能になりました。
都市を有機体と捉える写真シリーズ「entropix」や「Rainbow Form」、「Starry」そして新作の「Melting Rainbows」がありますが、それぞれからいくつか作品をご紹介頂けますか?
Untitled (O) / 2007 / From the series of “entropix”
「entropix」(2006年~)は、 建設や解体、区画整理、再開発といったことを繰り返しながら変化し続けてきた”東京”という街を、都市と自然が渾然一体となって新陳代謝する有機体のようなものとして捉え、 東京の街を歩きながら様々な人工物の表面やそこで起こっている現象にクローズアップしたシリーズです。「entropix」というタイトルは、“entropy”と“picture”、“pixel”を合わせた造語で、都市のエントロピーを写真化したものという意味が込められています。
撮影していた時期がちょうど東京ミッドタウンや国立新美術館、ららぽーと豊洲、ラゾーナ川崎など大型商業施設が続々とオープンしていた時期で、東京ミッドタウンの工事現場周辺を歩くことも多かったです。
Untitled (Rainbow Form 2) / 2009 / From the series of “Rainbow Form”
「Rainbow Form」(2009年)は虹のグラフィックが使われた広告ポスターにクローズアップしたシリーズです。虹という光の現象が商業広告のイメージとして街中に貼られているということや、晴れた日に太陽光を浴びた印刷物の虹が、まるで都市に発生した自然現象としての虹のように見えたことなどが、集中して撮影をするきっかけでした。
このシリーズも「entropix」と同じように街を歩いて撮影していますが、表面にシールの破片のようなものがついていたり、傷がついていたり、それらの影が落ちていたり、雨上がりには結露した水滴によって虹のグラフィックを構成する印刷の網点がレンズを通して見たときのように拡大されていたり、様々な状況や現象が写っています。
このシリーズは「entropix」の延長であり、光や現象、物事が写真化される事についての作品でもあります。
Untitled (Starry 10) / 2009 / From the series of “Starry”
「Starry」(2009年)は、あるマンションのエントランスに作品を設置するというコミッションワークで製作したものです。半永久的に設置される作品であるため、その場所と関わりがあるもの、そして居住者のコミュニケーションのきっかけとなるものを製作しようと思いました。リサーチしたところ、街の外れにとても古い天文台があることを思い出し、同時に、2008年に出版した写真集「entropix」の中に、道端に捨てられたスクーターのフロントカウルが星のように輝いて見える作品がある事を思い出しました。
そこでその写真を参照して、光が当たると星のように輝く素材を作り、晴れた日に太陽光で撮影して“星のように見えて星ではない写真”を製作しました。「Starry」では色とりどりの星が輝いているように見えますが、それらは全て真昼の太陽光を反射して輝いている光です。
このプロジェクトでは、作品を設置することによって居住者が星のことを考えたり、家族のコミュニケーションが生まれたり、ひょっとしたら天文台へ行くきっかけになればいいなと思っていたので、“実際の星ではないが星のように見えてしまう写真”ということが重要でした。
この作品の製作を通して、写真とそれを見るヒトの知覚の関係や、ストレートフォトとセットアップフォトの違いなどについて、より深く関心を持つようになりました。「Starry」を見て『これは南十字星を撮ったのですか?』と言った人がいたのですが、それを聞いた時に、人は写真を現実にあったものとして見ようとするということ、そして写真を見る人にとっては、その写真が自然に撮られたものなのか作られたものなのかということよりも、その写真に対峙したときに立ち上がってくる感覚や想像力の方が重要なのではないかと考えました。
同時に、これまで僕が都市の中の自然として撮ってきたものも、ただの自然現象ではなく、僕が立ち会わなかった時間、僕が出合わなかった誰かの存在や行動が強く影響した、都市と自然の関係性の中から発生したものだということを改めて自覚しました。
Untitled (Melt 01 / No Smoking) / 2006 / From the series of “entropix”
写真集「entropix」に入っている「Untitled (Melt 01 / No Smoking)」のような、街に貼られたポスターのインクが溶け出した様子などを、僕は都市の中の自然現象として撮ってきましたが、そういった事象が起こるのは雨や光のような自然の力だけではなく、ポスターを印刷したり貼ったりした人の存在があったからだということを再認識したんです。
Untitled (Melting Rainbows 36) / 2010 / From the series of “Melting Rainbows”
そういった関心から生まれた作品が最新作「Melting Rainbows」(2010年)です。
この作品では今まで撮影する時にしか見られなかった現象をじっくり観察するために、「Rainbow Form」のインクジェットプリントをポスターのようにベランダに設置し、雨や雪などによって変化していく様子を撮りました。街に貼られたポスターを印刷したり貼ったりした人の存在を自分で担当しつつ、雨や雪などの力を借りてプリントを変化させました。自然に撮られたものでも科学的な観察写真でもないという状態が重要だと考えていたので、 撮影は街で撮る時と同じようにフィジカルな反射神経や直感を大事にしました。
2006年に「entropix」シリーズを展開して以来、現在もこのシリーズは続いているそうですね。「都市を有機体として捉える」というアイディアはどのようにして生まれたのですか?また、撮影する対象物はどのように決めているのですか?
中学生の頃から登山やキャンプをしていて、専門学校では自然環境について勉強しました。また、高校2年生の時にインドへ行き、それ以降アジアを中心にバックパッキング旅行に行くことが多くなりました。そういった経験の結果として、都市も自然と同じように新陳代謝しているという視点があり、アイディアというよりは自分の眼や皮膚感覚としてそのように感じているのだと思います。
Untitled (Shading Vinyl) / 2007 / From the series of “entropix”
撮影したものは意識的に撮ったものも無意識のうちに撮っていたものもありますが、なまなましさや色、質感などがより強い状態を求めているので、撮影は晴れた日の昼間に限定しています。 写真が撮影された現実だけを指し示すのではなく、そこから見る人それぞれの感覚や想像力によってイメージの飛躍が起きることを望んでいるので、結果として抽象的な写真になることが多いです。
写真集「entropix」は僕の基本的なスタンスを現したものになっているので、今後も「entropix」という視点や撮影方法は継続していくと思っています。
Untitled (Rainbow Form 11) / 2009 / From the series of “Rainbow Form”
「Rainbow Form」や「Melting Rainbows」で展開している「虹」に着目したのはなぜですか?
虹という光の現象が印刷物として街中に貼られているということが、すごく写真的な事だと感じたからです。「Rainbow Form」では虹らしく見えるものを撮ったのではなく、普通の虹には存在しない状況や違和感が現れている状態を探しました。「Rainbow Form」で撮っている虹は1種類ですが、様々な場所で撮っています。
ファインダーを通して見る都市は小山さんにとってはどんな場所ですか?
様々なスケールで流動し、常に変化の過程にある場所です。
Solo Exhibition “Artworks from AN10”, Museum of Contemporary Art Tokyo, Foyer, Tokyo, 2010
都市を撮影した写真作品以外に手掛けているものはありますか?人物を撮影した作品は制作しますか?
以前は都市を歩くということが基本でしたが、最近は「Starry」や「Melting Rainbows」など、これまでとは違うアプローチもしています。
他にも現代美術作家の作品を撮影した「Artworks」というシリーズも少しづつ撮っていて、今年の4月に東京都現代美術館で開催された「MOT アニュアル 2010 AN10」のカタログのために撮影した作品は「Artworks from AN10」として会期中に展示をしました。もともとは金氏徹平さんの作品を雑誌で撮影したことがきっかけで始まったもので、アーティストが今作っているものも都市や建築と同じようにこの時代に発生しているものであるという視点から、路上で撮影するときと同じような感覚で作品を撮るプロジェクトです。
また、1秒間に10枚の速度で6000枚の写真をプロジェクションする「High Speed Slide Show」という映像作品も、2006年からアップデートしながら発表しています。
人物に関しては、仕事でポートレートやインタビューカットを撮ることはありますが、作品としてはまだありません。ずっと作品として撮りたいと思っているので、いいアイディアができたら撮りたいですね。
海外でも多くの注目を集めていますが、日本と海外とで比べると反響に違いを感じますか?
あまり違いは感じないです。日本でも海外でも、人によって好みは違うし、物の見方も人それぞれです。ただ、海外の方が日常的に見られる作品の質も量も圧倒的に多いことは事実なので、そういった環境で制作したり発表したりしたいなと思っています。
“Melting Rainbows” Installation View from Group Exhibition “3331
Presents TOKYO”, 3331 Arts Chiyoda, Tokyo, 2010
写真作品を手掛ける上でインスピレーションとなっているものがあれば教えて下さい。
最近は、“曖昧な境界”ということをよく考えています。これまでも都市の中の自然のようなものに興味がありましたが、僕が関心があることは“都市”や“自然”と切り分けられることではなく、“都市”とも“自然”とも言えるような状態や、どちらか一方に断定できない状態です。“都市”と”身体”と言ってもいいですが、“無機物”と“有機物”や“意識”と“無意識”など、言葉で分けることは簡単でも、実際にはそれらが曖昧に混ざり合った状況の中で僕たちは生活している。そういったことに興味を持っています。
好きなアーティストやミュージシャンがいれば教えて下さい。
最初に衝撃を受けた写真家は森山大道さん、学生の頃はTOMATO/アンダーワールドが大好きでした。アーティストではオラファー・エリアソンが好きです。制作する時によく聞いているのは、オウテカの最近の2枚のアルバム、コーネリアス、グロウィング、 スティーヴ・ライヒ、ニコ・ミューリーなどです。
今後はどのような作品を手掛けていきたいですか?
「Starry」や「Melting Rainbows」のように、「entropix」の時から関心があることを突き詰めるようなアプローチをしたり、また街を歩いたり、「entropix」を発展させたシリーズも考えています。他にも、アーティストとのコラボレーションや、サイトスペシフィックなプロジェクト、ファッションや建築などの撮影も積極的に手掛けていきたいと思っています。また、「entropix」の後に制作した作品がたまっているので早く写真集にまとめたいです。写真集はお金がかかるので、スポンサーを見つけたいと思っています。
Text: Mariko Takei