ヘクター・アユソ

PEOPLE

2000年から「インオフェンシブ・エージェンシー」のディレクターを務めるヘクター・アユソは、かの「OFFFフェスティバル」の創立者であり、ディレクターである。彼はバルセロナにて映画制作を学び、これまでに「第1回ベニカッシム・ミュージック・フェスティバル」への出品作品を含む、短編作品を5つ、長編作品を2つ、ドキュメンタリー作品を1つ制作してきた。
1995年に、インタラクティブ・プロジェクトを手がける初めのエージェンシーを設立。そこではアートディレクターとしても活躍する。


また、デザインやインタラクティブ作品が「アート・フューチュラ」「ラテラル・シンキング」「ラッキー・ストライク」「サン・ミゲール」「レッド・ブル」「ディーゼル」などのクライアントにも起用されている他、アーティスト達と組んで手がける非営利目的のアート作品やパフォーマンスなども行っている。
2005年からは、バルセロナの「BAUデザインスクール」におけるモーション・グラフィックス大学院研究の講師陣の1人として、また「OFFFカンファレンス」シリーズの理事として活躍中だ。

まずはじめに、バックグラウンドを聞かせてください。

子供時代にたくさんのトラウマを抱え、17、18歳の頃にバレンシアからバルセロナへなんとか逃げ出しました。そこで映画制作を学び始め、フィルムメーカーとしていくつか可笑しな経験をした後、コンピューターに出会いデザインスタジオを設立しました。Flashのブームがはじまった頃です。数年経ちクライアントのやり取りに疲れ、OFFFのアイディアを発展させました。その時からずっと、僕の個人的な生活もそのイベントも同じステージの上で走って、成長して、走って、成長して、と繰り返しています。

OFFFがスタートしたきっかけは何ですか?

第一回のOFFFの間に、この質問をそれはたくさん聞かれてきたので、僕は毎回違う答えを考えて楽しむことに決めています(笑)。でも真実を答えることは約束しますよ!
全ては日曜の午後に起こりました。バルセロナのサッカーチーム「バルサ」がテレビに出ていて、僕はソファに横になりながら短編映画作品にFlashを使うアイディアを考えていました。突然、そのアイディアを使ってイベントを主催することを思いついたのです。そうすれば他の人たちも作品を発表することができる、と。それが当初このイベントの名前を「オンライン・フラッシュ・フィルム・フェスティバル」にした理由です。
それと同じ日に(信じてくださいね。笑)、そのイベントのためのサイトを立ち上げ、ジョシュア・デイビスに連絡をしました。彼のことを全く知らずに。僕は彼にアイディアを伝え、彼が「Praystation」にそれを投稿した訳です。ブーン!OFFF誕生!
僕は未だにその時のスクリーンショットを持っています!(笑)

OFFFの明確で具体的なアイディアを思いつくまでにはどれくらいの時間がかかりましたか?

明確で具体的なアイディアは存在したことがないと思います。1つだけ当初から明らかなことは、OFFFは定められた規定に基づいたイベントではなく、ネット上で起こっていることに合わせ、時を経て共に変化し、成長していくイベントだということです。
僕は自分がインターネット依存症だと認めなければななりません。たくさん徘徊し、常に新しいものや驚かせてくれるものを探しています。そうしてOFFFが進化し、成長してきたわけです。特にOFFFのクリエイティブ・ディレクターのエイミー・カンポスを初めとして、同僚やコラボレーター達からの大きな影響ももちろんあります。

第1回目のOFFFイベントを企画するまでにはどれくらいかかりましたか?

アートやクリエイティブの面で言えば、とても早かったです。経済的に言えば、今も解決していません。第1回OFFFは素晴らしかったです。あの経験は一生忘れないでしょうね。たくさんの素晴らしい瞬間と逸話があったのですが、その時の経済的な災難が今にも影響しています。

でも他の似たようなイベントと違い、OFFFは競争価格の入場料を提供していますよね?

もちろん。それも当初から明らかにしてきたことの1つかもしれません。僕たちはOFFFを、プロフェッショナル、学生、一般人と、誰でもアクセスできるものにしたかったのです。これは僕たちにとってとても大事なことで、経済的に困難であろうが常に低価格を保つために戦っています。それが正しい道であることは確信していますし、赤字にならずにバランスのとれた状況にたどり着けると思います。サポートしてくれるいくつかの機関が現れればすぐでしょう。OFFFは、他の場所では見つけられないハイクオリティーの内容を提供することを目的とした非営利のイベントです!多くの人は、僕たちはプライベートスポンサーからの巨額のお金を得ていると思っていますが、他の主流イベントに比べると本当に微々たるものです。

これまでのOFFF主催にあたって最高の経験と、最低の経験は何ですか?

全てが学びのプロセスで、自分の熱狂を引き出すチャンスを与えてくれる成長への道だと思っているので、最低の経験は僕にはありません。そうでなければこのイベントを扱うことなんてできなかったでしょうね!(笑)
最高の経験は、僕が関わり続けている素晴らしい人たち(同僚、アーティスト、観客など)や、イベントが終わった時の満足感、信じられないようなフィードバックをもらった時などです。今年は特にそうなのですが、本当にたくさんの人がイベント最終日に個人的には知らない僕のところにやってきて、ただ、イベントを主催してくれてありがとう、こんなに安い値段でありがとう、3日間インスパイアしてくれてありがとうと言ってくれたのです。カンファレンス・ホールから涙を溜めながら出てきて、僕にビッグハグをしてくれる人々に出会いました!ここで感謝しなければならないのは僕です。毎年OFFFにきてくれる全ての人に。本当にありがとう!

今までにOFFFが観客に提供した最高のものは何だと思いますか?

OFFFが始まった当初から、観客はこのフェスティバルのコンセプトを理解してくれているので本当に満足しています。OFFFはただの会議やカンファレンスのシリーズでもないですし、娯楽のフェスティバルでもありません。その両方を掛け合わせたようなもの。そう言うと、ユニークな体験としてOFFFを認識しやすいかと思います。僕たちが提供するどのコンテンツもハイライトとして取り上げるのはとても難しいことです。なぜなら僕は常に忙しくしていて全てを見る時間がないので(笑)。その中でもリラックスしたムードでしっかり見ることができたいくつかを思い浮かべていうとすれば、昨年のネヴィル・ブロディのカンファレンスは忘れられないものでした。彼はステージの上で個人的に僕にお礼を言いました。とても感情に訴える瞬間で、今では彼が僕のとてもいい友人だと言えることをとても幸せに思います。
OFFFはもう1人の素晴らしい友人を僕に与えてくれましたよ。フェスティバルのゴッドファーザー、ジョシュア・デイビス。彼は天才で素晴らしい人!

では、今までに起こった最低の出来事は何でしょうか?

2003年に、僕たちがとても影響されたある出来事が起こりました。これについてはあまり話したくないですし、当時は公にならないように努めていたのですが。ダニエル・ブラウンがバルセロナ滞在中に事故に遭ったことです。幸いにも彼は回復し、すでに活動を再開しています。彼の多幸を祈り、彼の素晴らしい作品に祝福を送りたいと思います。

OFFFではカンファレンスやエキシビションなどの基盤はもちろん、同時進行で行われる「ルーピタ」やフィルムコンテストなど、本当にたくさんの種類のイベントが行われていますね。少し拡大や提供をしすぎと思うことはないですか?

それはないですね。同時進行のセクションは、このイベントの補足的なものだと思っています。OFFFの本当のメインは「ルーツ」(カンファレンス・ホール)や「ショープレイス」とは僕も思いますが、「オープン・ルーム」「ルーピタ」「シネキシン」「マーケット」などのエリアもフェスティバルの他の部分に貢献しています。
中にはもっと盛り上げるように頑張らなければならないセクションもあると認識していますけどね。プログラムの一部であることは確実です。

それらのセクションを他の会場、もしくは違う時間に行うことは考えていますか?

今は考えていません。もっとそれらに専心することと、場所が必要だとは思っています。重要さで言えばどのイベントも同じなので、より良い見どころをとりあげなければなりませんね。でもフェスティバルを分けることは解決にならないと思っています。

メキシコでの開催が予定されていましたが、何があったのですか?

OFFFは常に海外での開催を考えていて、何気なくメキシコの案があがりました。(フェスティバルのチームにはメキシカンのメンバーが何人かいます。)
何があったかというと、まず僕たちはメキシコで最も大きなテレビ局の1つ「TV Azteca」から真面目なオファーを受けました。僕たちの条件は経済的なリスクを最小限にするということで、スタートから「TV Azteca」がイベント費用を請け負うことを前提としていました。それらの条件を書いた契約書にサインし、活動を始めた訳です。僕たちには制作の自由とフェスティバルのコンテンツに対する全面的な責任がありましたが、全て順調でした。
それが、突然に「TV Azteca」がサポートを降りると決めたのです。僕たちには成す術もなく、事実を受け入れ、アーティストやすでにチケットを購入していた人々に説明、謝罪するしかありませんでした。来年の開催を約束しながら!

「TV Azteca」にはどんな理由があったのですか?

OFFFは「TV Azteca」からの何の説明もないキャンセルの文書を、イベントの9日前に受け取りました。最後の最後まで彼らと話して解決できるよう試みましたが、その決定は既に最終のもので、それ以上変えることはできなかったのです。彼らはOFFFへの影響や評判については気にしていませんでした。
すぐに「TV Azteca」を契約違反として訴えました。チケット販売は「Ticketmaster」を通して「TV Azteca」が行っていたのですが、それも事前連絡無しにキャンセルしています。幸いにも、すでにチケットを購入していた人にお金は戻すことができました。

来年はメキシコで開催されますか?

はい!

バルセロナでの開催も続きますか?

はい!

今年のカンファレンス・ホールはものすごい混み様でしたが、収容数については心配ではありませんか?

正直に言うと、いいえ。「CCCB」が提供するサイズと全く同じ、現在のフェスティバルのサイズにとても心地よさを感じています。メインストリームには成りたくないですし、これ以上規模を拡大することにも興味はありません。このフェスティバルの特別な雰囲気を保つには、今の容量が最適だと信じています。

完売になるイベントも出てくることが考えられますね?

はい。今年初めて実際にそれが起こりました。来年はもしかするともっと場所を提供できるかもしれませんが、それ以上にはなりません。今年そうしたように中庭を使うことで、場所を有効に使えるようになるので、それは正しい選択でしたよね。

そうですね。それでOFFFに来た人だけではなく、誰もが参加できることになりましたね。

その通りです!中庭によって誰もに向けたオープンスペースとして、プロフェッショナルでない人達のアクセスが増えました。良いことです。特に「ショープレイス」「シネキシン」「ルーピタ」などのセクションにとっては。

プロフェッショナル、学生、一般の観客が統合することについてはどうですか?

とてもいいと思います。最終的にはみんなが同じレベルで終わり、お互いに話をしたりできて素晴らしいと思います。それにみんなが出会って、新しいプロジェクトが生まれることにも作用しています。
以前の観客が、後にスピーカーやアーティストとして招待されるということも起こっています。今年のディバインの経験については、とても誇りに思います。

インターネットや他のデジタルメディアは、日々一層成長していますが、すでに現代は、ルネサンスやモダニズムなど、歴史的瞬間と比較することができると思いますか?

現代の見解からすると、僕たちはそれが起こっていると認識し始めているのでしょうが、まだまだこれから来るものがあると僕は思います。
とても強くてたくさんの可能性を秘めた新しいアートの動きがあることは疑いもない事実ですが、一般的な問題はまだあります。CDに焼いた作品が家の壁のデコレーションにもなり得ることを、まだみんなが知っているわけではないということとか。なので、OFFFのようなイベントがその土台準備の助けになるべきです。

アートが現代ほど商用利用されることはかつてなかったかと思いますが、例えば「アブソルート・ウォッカ」、「ノキア」など、ブランドから出る大きな営利的な出資金は肯定的に捉えますか?

もちろんです。現在の生活がどのように成り立つか理解するための大きな1歩です。例えば「BMW」がジョシュア・デイビスに最新車のアートワークを生み出す依頼をするのは、とても大事な事ですよ。こういうことが、僕たちが働ける本格的なマーケットを築いています。「ビットフォームズ」などのいくつかのギャラリーも同じようにいい仕事をしています。
僕の家はテクノロジーと共にどんどん溢れかえっていきます(笑)。LCDやプラズマのテクノロジーはもっと手頃になるべきで、ケイシー・リースの作品はリビングルームやベッドルームに掛けることができるのです。

オープン・ソース・アプローチは知識社会へのステップと考えられますか?

ケイシー・リースとベン・フライによる「プロセッシング」のようなプロジェクトは知識社会へのステップと言えると思います。ただとても民主的ですが、一般化するべきとは思いませんが…。

フォルカート・ゴーターは人類の進化におけるコミュニケーションの影響について話しましたが、私達は早く進み過ぎではないですか?

もしかしたら進み過ぎかもしれませんし、もしくはとても早く進むことを強いられてるとも言えますし、そして僕は時々目眩がすることを認めなければいけません。でも同時にそれは、僕たちがまだ知らない何か新しい事の一部です。いずれにしても、このスピードがそこまで長く進み続けるとは思わないですが。

デジタル・アイデンティティが人間関係を退化させると思いますか?

全く思いません。これはただ常識の質問であると思います。その限界について知るべきで、結局のところ、これは人と連絡をとったり出会ったりするいくつかの方法のうちの1つに過ぎないと認識すべきです。
僕はこれまでとてもシャイでしたが、ネットが変えてくれました。第1回OFFF開催時には、人と話すことに少し問題がありましたが、今では一番の楽しみの1つになっています。それから、ネットを通して妻と出会えたこともとても誇りに思っています。

デジタル社会の自己批判的なビジョンとその影響について話す、哲学者や社会学者によるディベートの開催は考えたことがありますか?それだとフェスティバルの精神から離れ過ぎてしまうでしょうか?

そういうコンテンツはすでに他のイベントが提供していると思いますし、僕たちのプログラムには適切ではないと思います。

2010年のOFFFはどのようになると思いますか?

10周年を観客と一緒に祝う事ができたらいいなと思います。そして可能であれば、過去のOFFFに参加した全てのアーティストも一緒に。借金することなくね(笑)!

5年前は今をどのように想像していましたか?

正直、5年前はこんな質問に答える事になるなんて想像していませんでした。

OFFFのスタートメンバー、現在のメンバーはそれぞれ何人ですか?

2001年にOFFFを手掛けていたのは4人。現在は約10人のメンバーと、何人かのコラボレーター達がいます。

この先、ジョン前田が登場する可能性はありますか?

そう願ってます。彼に登場してもらえるよう接触しています。昨年は数年越しの依頼の末、中村勇吾についに参加してもらえました。ジョン前田もまもなくOFFFに現れてくれると信じています。

他には?

ステファン・サグマイスター!!(来年、この任務は果たされます)

次の質問は、、何か秘密はありますか?

2007年のOFFFは、異なる3構成になる予定です。

人生に影響を与えた映画は何ですか?

レオス・カラックスの「汚れた血(Mauvais Sang)」と、ジャン・ユスターシュの「ママと娼婦(Maman et la Putain)」です。1つを選ぶのは難しい…。

最後の質問です。本では?

アンドレイ・タルコフスキーの「Sculpting in Time」。
歌について聞いてくれたら良かったのに・・(笑)

ではその歌は何ですか?

マイブラディバレンタインの「Sometimes」。

ありがとうございました!他に言いたい事はありますか?

インタビューしてくれてありがとう、楽しかったです!
ちなみに僕の好きな映画や本や歌について聞かれたのは初めてでした。それもありがとう!

Text: Eduard Prats Molner
Text edited: Tons May
Translation: Yurie Hatano

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