スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS

HAPPENINGText: Miki Matsumoto

徹底的に突き詰められた具体的なスタディは、ジャンルの垣根を越えて見るものに多くの示唆を与える。TOTOギャラリー・間にて開催中の「スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS」は、第12回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展(2010年)にて特別表彰を受けたほか、日本でも「建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの”感じ”」展(2011年、東京都現代美術館)に参加するなど、近年注目を集める気鋭の建築集団による日本初個展である。TOTOギャラリー・間での展示の他、同時期に東京国立近代美術館でもプロジェクト*1 を進行しており、単なる建築という枠を越え、文化、伝統といった根源的なテーマに包括的にアプローチする彼らの活動を知る絶好の機会といえるだろう。

スタジオ・ムンバイ展「PRAXIS」
© Nacása & Partners Inc.

スタジオ・ムンバイは、インドを代表する建築家であるビジョイ・ジェイン氏によって、1995年に設立された。設計と施工とを異なる組織が分担することが主流となっている建築の世界において、熟練職人と建築家からなる人的ネットワークの下、敷地の造成から設計、施工までを一貫して手作業で行うのが特徴だ。ムンバイおよびその郊外に構えられた事務所では、インド各地出身の有能な職人たち(大工、石工、鉄工、金工、井戸掘り工など)約120名が住み込みで働いており、各地に伝わる伝統技術を受け継いできた職人たちの知恵と技能に、インド、アメリカ、イギリスなどの地で経験を積んだジェイン氏の哲学的な思索が組み合わさり、モダンでありながら深い情緒を湛えた空間をつくりだす。その取り組みには、「エコロジカル」「サステイナブル」という言葉では括りきれない豊潤な可能性が満ちている。

その深い情緒を成り立たせている彼らの建築プロセスは、我々が通常思い描く手順とは大分様相が異なる。ここで主宰者であるジェイン氏の言葉をひとつ紹介したい。

「建築家の仕事には、あらゆるものが含まれる。具体的なものもあれば、漠然としたものも理論的なものもある。つまり、人間の存在に関わることなら基本的に何でも含まれる。「Praxis」というものをこのように存在論的に解釈すると、スタジオ・ムンバイの仕事がなぜ反復作業によって成り立っているか、なぜ案を検討するために、大型モックアップやスケッチや図面を作成し、素材のスタディを重ねるのかが見えてくる。それはすなわち独自の思想を練り上げ、自発的に組織を形成していくためなのだ。*2」

スタジオ・ムンバイ展「PRAXIS」
© Nacása & Partners Inc. 赤い布表紙のスケッチブックは、職人たちが日頃持ち歩いているもの。様々な計算式やデザイン案が記されている。

展覧会タイトルに掲げられている「Praxis」は、自然や社会に対する人間の「働きかけ」を指す言葉であり、抽象的思弁としての「理論」の対極にある。西欧で建築の経験を積んだジェイン氏は、スタジオ・ムンバイの立ち上げ直後、現代の建築作法に則り、図面を用意して現場に臨んだ。だがインドでは職人の多くが正式な教育を受けておらず、文字や図面が読めない者も多い。そのような環境で最適なコミュニケーション言語とは何か ― 様々な方法を試みた結果、スケッチや模型、原寸大のモックアップ、素材スタディといった具体的なものを用い、実際に現場で試作を重ねながら調整するのが、最も効率的であることに気づいたという。

そんな彼らの事務所は、当然のことながら「本棚に囲まれた空間に製図台やパソコンが並ぶ」といった光景とは程遠い。「屋外では建物のさまざまな部分が組み立てられ、壁には大判ドローイングが立てかけられ、棚やテーブルは道具と作品に埋め尽くされている」*3 という彼らのスタジオ(ワークショップ=工房、と彼らは呼ぶ)をここ東京の地で再現するというのが今回の展覧会コンセプトだ。会場は3階(第1会場)と4階(第2会場)、およびそれを繋ぐ屋外の中庭で構成されているが、今回の展示に際して、まずはインドのスタジオに東京のギャラリー空間を実物大で再現し、約3ヶ月かけて展示空間を作り上げ、それを解体して東京へ移送し、現場で再構築したのだと言う。会場構成のみならず、それを完成させるまでのプロセスも含め、スタジオ・ムンバイの実践をまさに体現した内容と言えるだろう。

スタジオ・ムンバイ展「PRAXIS」
© Nacása & Partners Inc. 展示風景。第1会場中央におかれた「working table 01」。スタジオ・ムンバイ製の椅子に座って、テーブルに置かれたスケッチブックやスタジオ・ムンバイ手作りの写真集などを手にとって見ることができる。

展覧会場は、ブロンズ製の模型に日干しレンガ製の模型(用途に応じて素材やサイズを変えて制作している)、図面、瓶詰めされた染料、色鮮やかなタイルなど作業に直接関係するものから、インドの何気ない日常風景を切り取った写真やドローイングなど、その哲学を知るヒントとなるものまで大小様々なもので埋め尽くされている。会場入口付近には、本展覧会の様々な展示物を職人が制作している映像が流れているが、俯瞰的な視点からではなく職人目線で作られたこの映像は、金属を溶接したり木を削ったりする職人の手元を多く映し出し、あたかも彼らの視点を再現するかのようだ。これから「彼らのスタジオ」を歩く鑑賞者にとって、絶妙な導入部の役割を果たしている。また会場の壁を埋め尽くす膨大な画像の中にある「Studies」と題された一角では、メンバーがインド国内を旅するなかで出会った「インフォーマル」*4 な光景をテキストと共に紹介している。それは例えば、日雇い労働者として夏の間だけ都会に出稼ぎにやってくる地方の農夫たちが、つかの間の寝床として夜の道路に張る蚊帳の集落であったり、放浪者がサリーを用いて赤ん坊の揺りかごやシェルターをつくる風景であったりする。制約のある環境下で人びとが想像力を働かせることによって生まれた自発的な空間。「慎ましくも自由な空間」*5 ―ジェイン氏がそう形容する空間を眺めていると、本当に豊かな空間とは何か、そしてそれは何によって可能になるのか、といった問いが次々と沸き起こってくる。

スタジオ・ムンバイ展「PRAXIS」
© Nacása & Partners Inc. 大工が使うノミやカンナなどの道具も展示されている。

「慎ましくも自由な空間」という形容は、スタジオ・ムンバイの建築にも当てはまる。「プロジェクトに取り組む間は、場所を念入りに検討し、そこにある環境や文化、人びとが身も心も捧げてきたことに目を向けるようにしている。なぜならそこには、限られた資源を相手に人間が創意工夫を凝らして編み出した建設技術と素材があるからだ。」*6とあるように、サイトの特性に深い敬意を払うスタジオ・ムンバイだが、乾期の猛暑と雨期のモンスーンという厳しい気候条件と共にあるインドでは「環境を活かす」ことがプロジェクトの要になる。その中でも大きな鍵を握るのが水だ。農業大国として知られるインドにとって、水は恵みであると同時に脅威でもある。特にモンスーン期の雨は、大地を潤し、植物に活力を与える一方で、時として大都市に洪水を発生させ国のGDPにも大きな影響を与える。自然現象を抑えるのは不可能であるため、灌漑設備の整備や治水の強化といった工夫が必要になるわけだが、スタジオ・ムンバイは、こういった実用的な側面から生まれる必要性に知的なユーモアをもって応える。「ターラ邸」はスタジオ・ムンバイが2005年に手がけた住宅で、家の要となる敷地中央部に水を配置したのが特徴だ。地上部分から観察すると、敷地中央の庭を取り巻いて、環状にベッドルーム、リビングルーム、キッチン、ダイニングルームなどが並ぶコートハウスの形になっているが、庭の地下部分には井戸がしつらえてあり、季節、降水状況、月の満ち欠けといった自然のリズムと呼応して日々水位を変化させる。井戸には中庭にある階段で降りることができ、天井に設置された光源用の穴から差し込む太陽あるいは月の光や、外から吹き込む風が、静寂に包まれた薄暗い空間と水面に多様な表情を加える。通常は家の外側にある井戸を敢えて中央部分に取り込むことで、建築がサイトに依存していること、そして人々の生活が自然の恵みと切り離せないことが可視化される仕掛けだ。このように、完全には予測不可能な要素を取り入れることで物事を完成へと導く彼の姿勢には、未完成の美学とでもいうべきものが感じられる。

スタジオ・ムンバイ展「PRAXIS」
© Nacása & Partners Inc. ターラ邸のブロンズ製模型。中央部分で分断されており、地下部にある井戸と建物との関係を見ることができる。

建築は生き物であり、変わることを余儀なくされるもの ―自然環境や人間と同じ、一つの生き物として建築を捉えるジェイン氏は、スタジオの職人一人ひとりに自発的な発言を促すのと同様、建築にも変化を受け入れ、それ自身で発展を起こせる余地を残す。先入観を脱ぎ捨て、無垢な視線で対象と向き合う楽しさに溢れる「スタジオ・ムンバイ展」は、見る者に自発的な発見を促す、実に有機的な展覧会だ。

*1 東京国立近代美術館(本館)の前庭に、「夏の家」と題する東屋を設置し、人々の憩いの場として提供している(2012年8月26日〜2013年1月14日)。
*2「STUDIO MUMBAI : Praxis」、TOTO出版、p6
*3「STUDIO MUMBAI : Praxis」、TOTO出版、p36
*4 BRICSの一国として急速な成長と変化を遂げるインドだが、安定したライフラインの提供が全土に行き渡っているとは言いがたい。ジェイン氏によれば、インドに暮らす人々の数は現在約12億人、そして国内の建物の半数以上が非正規に建てられているという。このような「インフォーマル」なものがインドではごく一般的であり、スタジオ・ムンバイの活動にもヒントを与えている。
*5「STUDIO MUMBAI : Praxis」、TOTO出版、p26
*6「STUDIO MUMBAI : Praxis」、TOTO出版、p6
*7 TOTOギャラリー・間のホームページでは、今回の展示に合わせて来日したジェイン氏の講演会映像を公開している。氏の哲学により深く触れたい方は、是非参照されたい。

「スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS」
会期:2012年7月12日(木)〜9月22日(土・祝)
時間:11:00〜18:00(金曜日は19:00まで)
休館日:日・月・祝日 ※但し9月22日(土・祝日)は開館
会場:TOTOギャラリー・間
住所:東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F
入場料:無料
http://www.toto.co.jp/gallerma/

Text: Miki Matsumoto

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