ソナー 2003

HAPPENINGText: Ben Vine

6月12日木曜日午前11時。 シフトのスタッフが現れない。僕はこの日のこの時間に、日本からやってきたシフトのスタッフ3名とメイン会場であるバルセロナ現代美術館の前で待ち合わせをしたはずなのに、どこを探しても彼らの姿は見当たらない。迷子になってしまったのか、あるいはこのうだるような暑さに彼らは溶けてしまったのか。実際その日は、熱湯の中にいるような暑さで、ノースリーブのシャツを着ているだけでもとにかく暑い。靴を履くこと自体、自殺行為ではないかと思うほどなのだ。プレスパスを手に入れた僕は、プロモーション作品や様々な情報、それにあまり役に立ちそうもないがらくたでいっぱいになった鞄をひきさげ、いざソナー会場へ。

今年で開催10周年を迎えたソナー。この10年という間にこの祭典は、世界で最も最先端のエレクトロニック音楽を提供する祭典のひとつとしてその地位を確固たるものとした。バルセロナ市内にランブラス通りという目抜き通りがあるのだが、そこにちょっと目をやっただけでも、どこにでもいるような金髪で、日焼けをし、白い靴下の上にサンダルを履いているような白人女性観光客の姿は、地元スペイン人より多くなった。海外でのソナーの評判は驚くべき早さで広がり、今回の開催では、過去最高の観客動員数を数えたほど。ロンドンからの観光客が多いのは、今回始めて、ソナーの前夜祭をロンドンで開催したためかもしれない。

プログラムにざっと目を通してみて、僕はある点に気付いた。それは、僕自身も着実に歳をとり、徐々に流行から遠のいている。そして、今年登場するアーティストのほとんどを、僕が知らなかったということだ。もちろん、知っている名前もいくつかある。しかし昔ほど分かるのが少ないのだ。観客を多く獲得するためにプログラムにはビッグネームがいくつか並らび、まるで見なれたメニューのように「あ、これも、これも」といった感じに観客がついてくるのが普通である。しかし今年は、誰かが「これがいいよ」と言ったら、その言葉を信じるしかないようだ。


SonarDome

日中のソナーはゆったりとした雰囲気で進行。興味深いライブも沢山行われていたようだが、その中から僕は、ソナー・シネマで開催されたスパイク・ジョーンズのビデオ回顧展と、ヒューマン・ビート・ボックスの歴史を紹介した、ジョーイ・ガーフィールドの素晴らしいドキュメンタリー作品「ブレース・コントロール」を見てみることにした。このドキュメンタリー作品は、ほとんど知られていないヒップホップの特徴を知ることができる貴重な作品。80年代から今日までのヒップホップの現状を伝える、見応えのある作品だった。その後僕は、徐々に盛り上がりを増すソナー・ビレッジに戻る。音楽が頂点に達すると、一瞬で今度はジャジーな雰囲気へ。

10周年を迎えたソナーでは、エレクトロミュージックにおけるジャズの影響を、大いに歓迎しているのが伝わって来た。それを証言するようなパフォーマンスを行ったのは、ブッゲ・ヴェッセルトフトとオン/オフ。彼らは、シームレスなジャズとスローなビートを会場に届けてくれ、僕らの気持ちを高めてくれただけではなく、フェスティバルの更なる盛り上がりにも一役買ってくれた。


Bugge Wesseltoft © Advanced Music

これは僕個人の意見だが、初日の夜が開催期間中で一番素晴らしい夜のような気がする。それは、主催者側にとって初日の夜のイベントのチケットがいつも一番さばきにくいからだ。だからこそ彼らは、多くの人を引き寄せることができるようなエレクトロニックミュージックをこの夜に持ってくる。

しかし、今年のソナーはいつもと様子がちょっと違うようだった。それは、オウディトリ・デ・バルセロナをゲストとして呼ぶ代わりに、マシュー・ハーバート・ビッグ・バンドを起用し、斬新で他とは違う音楽要素を街に注ぎ込むことによって、フェスティバルのプログラムを再編成し多様化させるのを目標にしたからだ。ステージには、ハーバートを中心に20名のジャズ・ミュージシャンが登場。彼の最新アルバム「グッバイ・スイングタイム」を、サックス、トランペット、トロンボーンと共に披露。印象的なブラスバンドのパフォーマンスに、ダニー・シチリアーノ、ジェイミー・リデル、アート・リンゼイが彼らの美声を乗せた(また、今回のようなハーバートとリンゼイのコラボレーションは、昨年のソナーから始まった。)。

何となくだが、ハーバートがずっと胸に秘めていた、ビッグバンドを引き連れて自分の好きな音楽をする、という夢がこの時実現したのではないかと僕は感じた。バンドが奏でる音に、ハーバートがランダムに彼の音を注ぎ込む。それはまるで、バンドからの音をノイズで邪魔しているようにも聴こえたし、徐々にではあるが、このジャズバンドに対して誰もミスを起こさないということを彼自身が確認するために、彼自身が厄介者を演じているようにも見えた。


Matthew Herbert’s Big Band © Advanced Music

ハーバートのバンドは新聞をびりびり破くというパフォーマンスを行っていたのだが、その新聞がデイリー・メイルだとわかった時には本当に驚いた(と言うのも、世の中には間違った情報を流すメディアがいっぱいある中、デイリー・メイルだけはブレア首相が湾岸戦争を支持したのを激しく非難したからだ)。

そして最後には、観客にカメラで彼らを撮影するように命じ、フラッシュの嵐ショーが完成。スタンディング・オベーションの後にアンコールが続き、最終的には「実はこれは、今日2本目のショーなんだ。だから疲れちゃって…」と言い残して、ハーバートはステージを去って行った。

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