デ・キリコ展
HAPPENINGText: Alma Reyes
デ・キリコといえば、象徴的なマヌカン(マネキン)である。無表情で卵のような形をしたマヌカンの頭部への彼の執着は、混乱と空虚が世界を覆った第一次世界大戦の荒廃から芽生えたのかもしれない。マヌカンは理性も表情もなく、時には謎めいたミューズ、預言者や詩人、哲学者、歴史の登場人物、はたまた自画像など、様々な役割を演じている。彼らはアーケードのある神殿や記念碑、中央広場の前に座ったり立ったりし、場合によっては彫像や戦闘シーンに囲まれている。マヌカンは、「形而上絵画」の芸術を特徴づける上で不可欠な役割を果たした。
ジョルジョ・デ・キリコ《ヘクトルとアンドロマケ》1970年、ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団 © Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024
ホメロスの『トロイア戦争』から引用されたヘクトルとアンドロマケのシリーズは、デ・キリコの最も人気のあるマヌカンの題材である。別れを惜しむカップルの人間味あふれる表情は、デ・キリコが復活させたテンペラや油彩の技法によって活気づけられている。また、デ・キリコはキアロスクーロ(明暗のコントラスト)を用いて、濃密な色彩と淡い色彩を表現している。
ジョルジョ・デ・キリコ《緑の雨戸のある家》1925-26年、個人蔵 © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024
1920年代、デ・キリコは従来のマヌカンに加え、「剣闘士」などの新たな主題にも取り組んだ。その新しい主題のひとつが「室内風景と谷間の家具」で、これらの作品では、海や神殿、山々など、本来は外にあるはずのものが部屋の中にあり、逆に屋内にあるべき家具が外に置かれている。これはアテネで地震が起きた際、家具が屋外に運び出されたことに由来する。《緑の雨戸のある家》(1925-26年)では、低い天井の密閉された部屋の中に、外の風景が描かれている。
ジョルジョ・デ・キリコ《オデュッセウスの帰還》1968年、ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵 © Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024
1920年代以降のデ・キリコの作品は、ティツィアーノやラファエロ、デューラーといったルネサンス期の作品に、次いで1940年代にルーベンスやヴァトーなどバロック期の作品に傾倒し、西洋絵画の伝統への回帰していくが、1978年に亡くなるまでの10年余りの時期に、デ・キリコは、あらためて形而上絵画に取り組んだ。それらは「新形而上絵画」と呼ばれ、若い頃に描いた広場やマヌカン、そして挿絵の仕事で描いた太陽と月といった要素を画面上で統合し、過去の作品を再解釈した新しい境地に到達している。《オデュッセウスの帰還》(1968年)は、デ・キリコの人生の自伝的証言となっている。肘掛け椅子と衣装箪笥はパリのアパートにあったものに似ており、オデュッセウスが海の上で船を漕いでいる様子は、ギリシャで航海していた画家の日々を反映してカーペットに仕立てられた。右の壁の窓から望む風景にはギリシャ神殿が描かれている。右側のドアは開いており、暗闇に向かって開いている。これは、ノスタルジックな少年時代を過ごした画家の老いの状態のメタファーである。
デ・キリコの活動は絵画のみに留まらず多岐にわたる。本展では彼の手掛けた彫刻や挿絵、さらには舞台衣装のデザインなども展示し、その幅広い創作活動を紹介している。
なお巡回展が、神戸市立博物館で9月14日から12月18日まで開催される。
デ・キリコ展
会期:2023年4月27日(土)〜8月29日(木)
開館時間:9:30~17:30(金曜日は20:00まで)
休館日:月曜日、7月9日(火)~16日(火)
※ただし、7月8日(月)、8月12日(月・休)は開館
会場:東京都美術館
住所:東京都台東区上野公園8-36
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://dechirico.exhibit.jp
Text: Alma Reyes
Translation: Saya Regalado
Photos: Courtesy of Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024