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ドナルド・ロドニー:ヴィセラル カンカー

HAPPENINGText: Yuki Ito

1961年にジャマイカ人の両親の元で生まれ、移民2世としてイギリス・バーミンガムで育ったアーティスト、ドナルド・ロドニーの個展「ドナルド・ロドニー:ヴィセラル カンカー」が、ロンドンのホワイトチャペルギャラリーにて、2025年2月12日から5月4日まで開催されている。

ロドニーは、1980年代のサッチャー政権下で人種差別が激しかった時代に、人種的偏見に抗い、黒人コミュニティーのエンパワーメントを推進したBLKアートグループの中心メンバーとして知られる。近年、ソニア・ボイスやルバイナ・ヒミッドなど国際的にブラック・アートの評価が高まるなか、ロドニーの現存作品をほぼ網羅した大規模な調査展が開催される意義は非常に大きい。というのも、新作を定期的に発表し続ける他の現役のブラックアーティストとは異なり、アフリカとカリブ海諸国にルーツを持つ人に発症率が高い遺伝性疾患・鎌状赤血球症に苦しんだロドニーは、1998年に36歳の若さで亡くなったため「新作」がない。本展が、多くの鑑賞者にとってロドニーの作品を初めて体系的に知る貴重な機会になるだろう。


ホワイトチャペルギャラリー外観

聞き慣れない展覧会タイトル「ヴィセラル カンカー」は、直訳すれば「身体の奥深くで感じる病気」という意味になる。ここで注目すべきは、彼が「病気」に二つの意味を込めていた点だ。一つは彼を蝕む病、そしてもう一つは英国社会を侵す人種差別という病である。ロドニーの作品は一貫して、これらの不可分な二つの病の探求——鎌状赤血球症という遺伝病と、自身のルーツである黒人コミュニティの社会的抑圧——に捧げられている。


ドナルド・ロドニー《Britannia Hospital 2》1988年、シェフィールド美術館蔵

例えば《Britannia Hospital 2》は、廃棄されたX線写真を支持体に、オイルパステルで人種にまつわる苦悩を描いたキャリア初期を代表するシリーズの一つだ。ここでは、肉眼で見えないものを見通すというX線の特質が、差別や偏見で苦しむ内面的な不可視の痛みと、骨を侵され病院で幾度もX線写真を撮影したロドニーの肉体的な痛みをパラレルに暗示している。また、素材に注目すれば、油分を多く含むオイルパステルはレントンゲンフィルムに定着しにくく、剥離しやすい。ロドニーが本シリーズにかんして長期的な保存を考慮しておらず、自身の体とともに朽ちていく儚い作品を想定していたようにも感じられる。


ドナルド・ロドニー《Visceral Canker》1990年、テート美術館蔵

展覧会タイトルの由来となった作品《Visceral Canker》は、黒人の身体に対する国家公認の暴力の歴史に切り込む。エリザベス1世の紋章と、プリマス出身で英国初の奴隷商人だったジョン・ホーキンスの紋章を隣り合わせに構成した本作は、フェイクの血液がチューブを循環するキネティック作品だ。ここでの血液は、ロドニーと奴隷にされた先人たちとの遺伝的なつながりや奴隷貿易に伴う非人道的な行いで流れた血の記憶を呼び起こす。

当初、ロドニーは本作に自身の血液を使用する予定だった。しかし、鎌状赤血球症が特定の人種に多い病気であるゆえに、当時のHIV/AIDSに対する偏見と同じように捉えられてしまい、やむを得ずフェイクの血液を使うことになったという経緯がある。帝国主義批判のみならず、現代まで連綿と続く医療現場に蔓延る人種的偏見をも暴露するかたちとなった。

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