渡邊希
PEOPLEText: Mariko Takei
漆という素材から発想を得て空間にアプローチすることをコンセプトに作品をつくっているそうですが、どのようなアプローチを試みているのでしょう?
素材そのものだけでなく、これまでの行程もそうです。陶器などがなく、漆がメジャーだった昔の時代には、漆が固まる性質を見て接着剤として使ったり、水を吸い込まないことを発見して器に塗ってみたりというように、日常の中で使われてきた素材の力みたいなものを、作品を通して、もっと色々な人に知ってもらえたらという想いがあります。
私は顔料を使わず漆に鉄分を加えることで科学反応を起こさせて黒くして使っています。そうしてできる黒い艶の塗膜は、他では出せない深い黒だというのが自分で分かっているので。そして漆の肌に光沢やマットなど、サーフェイスの仕上げで、映える形をつくっています。光沢の場合は、鏡面に仕上げることで、物の形と空間の境界線がぼやけるのです。漆で何層も塗っている作品自体にも、その奥行きが自然と外側に出てきます。
「Humpty Dumpty」(2008)乾漆(漆、麻布、地の粉)
この点では、「Humpty Dumpty」(2008)が好例です。鏡面が反射し合いすぎて、作品と空間に境目がないような、境界線が曖昧すぎて、触ろうとしてもどこが表面かわからない。触ろうとして、触れなかったり、触れないようにして、触ってしまったり、という錯覚に陥るという効果が生まれる、その素材の特徴を活かして、それを自分のコンセプトに重ね合わせてというのをテーマに作品づくりをしています。
そして、更に奥の世界がありそうに見える。私は別に巨大な作品が作りたくて大きいサイズの作品を作っているわけではありません。漆の持つ艶の吸い込まれる感じを見てもらいたいと思ったら、奥は見えないけれど、触ったらあちら側にも同じものがありそうだ、といったことを人に想像してもらいたいため、こういう作風になっています。お椀など用途のあるものだと、そちらの方に意識がいってしまいますので。
「secret」(2004)乾漆(漆、麻布、地の粉)
内と外、表と裏、というような対極する2面性にも興味を持っているのですね。
まず、見る人に、境界があるのにないような、何か奥にあるような、内側に入り込んでいくような、そういう感覚に陥ってほしいという想いがあります。それは、「secret」(2004)のような透かし造形の作品でも展開しています。これは雪の上で撮影したもので、漆の艶の部分に空を映しているのですが、何か立体に窓みたいな透かしがあることで、人は自然に中を覗くという行為が生まれることに面白さを感じます。
「secret」(2004)detail, 乾漆(漆、麻布、地の粉)
「secret」には、実際に中を覗くと3つくらいの球体があります。この作品を覗くと、表層の透かしの影が中の球体に映って模様のように見えるのです。私の作品に、透かし技法を取り入れたものと、そうでないものがありますが、基本はどちらも同じコンセプトでつくっています。
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