王敏(ワン・ミン)
2008年夏、北京オリンピックが開催され、世界の注目は中国、北京に集まる。グローバルな観光、スポーツの中心舞台としての中国デビューだ。その主要プログラムの一つとして、北京オリンピックの競技シンボル、アイデンティティプログラム、アプリケーションの開発があげられているが、そのクリエイティブを担当したのがデザイナー、王敏(ワン・ミン)である。オリンピックのデザインプログラムは、3年前から進められていた。
北京のCAFA(チャイナ・セントラル・アカデミー・オブ・ファインアート)にてデザイン校の学部長となっていた王敏は、2006年に北京オリンピックのデザイン・ディレクターに任命された。CAFA内にユニークなリサーチグループを作り、生徒達を含めてオリンピックのデザインシステムに取りかかり始めた。1964年東京オリンピックのアート・ディレクター、勝見勝とそのグラフィック・デザインチームによる国際的にスタンダードとなったシステムをモデルとしたのだ。1968年メキシコシティーオリンピックのランス・ワイマンも、1972年のミュンヘンオリンピックのオトル・アイヒャーもモデルにしたデザインシステムだ。
中国政府が望む北京オリンピックと精神には、議論の余地がある。かつてのオリンピックでも社会政治問題を引き起こしており、少なくともアメリカでは中国人権記録に関する記事が絶えない。国際社会の一人前のメンバーと認められる機会として、中国は建築から、グラフィックデザインまでオリンピックとそのアイデンティティに投資し、洗練されたパブリック・リレーションズで囲んだ。結果、西洋のデザインと5000年に及ぶ伝統芸術を混ぜ合わせ、オリンピックデザインプログラムは比較的新しいデザイン教育環境とビジネス環境で発達した。オリンピックのマークとそのアプリケーションのデザイン、競技の絵文字とオリンピックの色彩デザインは、3つの大きなフォーマットで、エレガントに提示される。
グラフィックデザイナーのアーミン・ホフマンや工業デザイナーのリチャード・サッパーらの元でスイスのエール・サマープログラムを経て、イエール大学に入学、現在のチャイナ・アカデミー・オブ・ファイン・アーツで学業を終えている王敏は、イエール大学在籍中の1986年、アドビ・システムズで初代マッキントッシュ・コンピューターの導入と共にデジタル改革を手がけた。1998年にはアドビを離れ、パートナーのエディー・リーとスクエア・トゥ・デザインをサンフランシスコと北京に設立。アドビ、IBM、インテル、ネットスケープ、スタンフォード大学などをクライアントとしている。アドビやスクエア・トゥ・デザインでのミン・ワンの数々の作品には、現代的な西洋デザインと伝統的な中国アートの影響が表れていた。その後、ミュンヘン、ベルリンを訪問、そして上海ファインアート大学の名誉教授に任命され、また数々の国際的な展覧会でも作品が展示されてきている。
Left: Inscriptions on the Gui bronze vessels, Right: Pictograms of the Beijing 2008 Olympic Games
2008年北京オリンピックのアートディレクターとしての、リーダーシップの本質は何ですか?
私の責任は、イメージ、アイデンティティプログラム、北京オリンピック全体を通した試合の見え方などを、監督することです。もともとは、2001年にモスクワでIOCミーティングがあり、その重要なプレゼンテーションのデザインを北京オリンピック委員会に頼まれたことから、北京オリンピックに関わりはじめました。CAFA校に来る2003年以前は、20年以上をアメリカで過ごしています。CAFAでは、オリンピックゲームのためのアートリサーチセンター(ARCOG)をスタートさせました。アイデンティティ、ガイドライン、カラーシステム、メダル、などをチームベースで手がけます。今センターには20人の常勤デザイナーがいて、沢山のデザインスタジオなどがプロジェクトに関わっています。
Athletics Pictogram
どのようにオリンピックのシンボルとアイデンティティをデザインしたのですか?またデザインに対するオリンピック委員会の反応は?
全てのデザインプロセスで、世界を行き来してきました。中国人アーティストやグラフィックデザイナーにとって、グローバルなニーズや精神を理解し、アーティスティックな言語で表現し、北京オリンピックから世界に伝えることは偉大な挑戦です。世界を中国に取り入れ、中国を世界に出すのです。従ってデザインプロセスでは、オリンピックの精神と中国の価値をどのように組み合わせるか?伝統と現代をどのように掛け合わせるか?中国をどのようにユニークに色と形にするか?世界の人の心に触れるものを見せるか?などといったことを問答し続けなければなりません。
私達が見つけた2つの解決例があります。一つは、オリンピックのピクトグラム(絵文字)です。世界の全てのアスリートに知られ、同時に中国の特徴も活かしたピクトグラムをつくることが当初からの挑戦でした。コンセプトに基づいて内部で協議を重ね、外部のコンペティションなどでも討議された結果、ようやく現在の形に行き着きました。このピクトグラムの背後にあるインスピレーションの源には、2000年以上前から骨文書と青銅ウェアスクリプトの魅力を取り入れた中国の印表記の構造があります。伝統的な中国美術の拓本(すり写し)の表現です。しかしそれでいて、現代的で国際的な見栄えとなるよう、西洋のデザイン要素のライン、形、カーブ、白黒のコントラストを、スポーツの動きに沿って効果的に取り入れました。そうして中国のユニークさだけでなく、世界に向けたシンプルでクリアなイメージをつくりました。
もう一つは、オリンピックのメダルデザインです。中国古代の翡翠(ヒスイ)からデザインのインスピレーションを得ました。古代中国では高貴さや名誉を象徴するために身につけられていた翡翠です。今は健康や幸運を願って、または美の象徴として身につけられます。メダルフックも、二つのドラゴン模様がついた儀式的な翡翠「huang」に由来します。メダルの前面は、IOC(国際オリンピック委員会)に求められた、スタンダードなデザインに沿う必要がありますが、裏面には中国の要素を加え、環形の翡翠を散りばめています。翡翠と金は、名誉と達成を象徴し、伝統的な中国の価値と長所の完全な具体化となります。IOCも、こう応えています。「高貴でエレガント、北京オリンピックのメダルは伝統的な中国文化とオリンピックの混合。大会の勝者に業績の認知として、大きな名誉と喝采となる。」(BOCOGウェブサイトからの引用)
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