文月悠光

PEOPLEText: Ayumi Yakura

詩集を出版しながら、文月さんは朗読会も数多く行っていますが、詩を文字で伝える事と、朗読で伝える事にはどのような違いがあるのでしょうか?

詩を読み慣れていない人には、『詩は情報や意味を人に伝える為のものではない』という前提が伝わらず、『どういう風に読むのが正しいんだろう?』と考え込んで、読むのを止めてしまう事があるんです。音声なら立ち止まらず詩の中に入っていけて、声という媒介によって全体を受け止めてもらえるので、『詩集ではよく読み取れなかったのに、朗読を聴いたらすごくよく分かった』という感想をもらうことも多いです。


朗読映像:文月悠光 第一詩集「適切な世界の適切ならざる私」

詩は、『言葉であって言葉じゃない』というところがあって、『言葉で表現しきれないものを言葉で掬い取ろうとする試み』だと思っているので、朗読する時には、言葉じゃないものが声に乗って人に伝わる事をイメージしていますね。

FM局のJ-WAVEで毎週月曜日の朝に、書き下ろしの詩を朗読するコーナーを担当していた時には、朗読する事を前提に、音声では漢字が浮かびにくい言葉を避けたり、途中から聴いた人にも理解できるよう、主語を足してみたりもしていました。


朗読映像:Yumi Fuzuki, Hikaru Cho & Mayu Saaritsa @ Annikki Poetry Festival

2016年はフィンランド版の第一詩集が出て、今年の6月にはフィンランドでも朗読をされたそうですね。

フィンランド版の出版に合わせて、ヨーロッパで盛んに行われているポエトリーフェスティバルに2つ出られることになって、チョーヒカルさんというボディペイントを描くアーティストと一緒に行きました。朗読をしても、日本語の文体やリズム、語感までは訳してもらえないんですけど、聴き慣れない言語だからこそ、『日本語の朗読を初めて聴いたけど、すごく綺麗な響きだね』と言ってくれるお客さんが何人かいらっしゃいました。

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ドバイ滞在について綴った連載エッセイ「詩人のドバイ感覚紀行」(幻冬舎plus)より

2015年は詩人としてドバイにも行かれていましたが、何がきっかけだったのですか?

UAE(アラブ首長国連邦)は、ここ50年位ですごく近代化した国なんです。自国の文化をあまり他国に発信できていないという事で、ドバイの文化財団が企画した、日本とドバイの作家を交換留学するようなプログラムに参加する事になりました。ドバイは『文学と言えば詩』という文化で朗読会も盛んです。現地の朗読会に行くと、親子連れが沢山来ていて、朗読の途中で拍手喝采したり、いきなりコールを始めたり、一緒に歌い始めたりするんですよ。おそらく地元では有名な詩人で、みんなその人の詩を知っているんです。日本でいう歌謡曲の歌手みたいな位置に詩人がいて、国が違うとこんなにも詩人に求められている役割が違うのだと実感しました。

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