NIKE 公式オンラインストア

小林俊哉個展「取り返しのつかないものを取り戻すために」

HAPPENINGText: Ayumi Yakura

フロント付近に展示された《菖蒲》、《桔梗》、《蛍袋》には、黒地に洗練された構図でクローズアップされた一輪の花が、ピンクや青で彩色されている。葉茎と蕾は黒く、花びらの淵を割る黒い曲線により、しばし見つめていると植物ではない形にも見えてくる。

IMG_0264.jpg

震災を東京で体験した小林は、テレビの映像で原発事故の発生を知った。海外の知人達からは「早く逃げろ」とのメッセージが殺到したが、取り返しのつかない被災状況を見て、逃げる気力も起きないほど絶望した。被災したのは人や動物だけではない。放射能で汚染された花は、一見きれいに咲いていても、小林には悲しく歪んで見えるという。

IMG_0329.jpg

当時携わっていたアートプロジェクトの進行も震災の影響を受けた。それでも日々描き続けながら、緊急事態に混乱した被災地においては、アーティストもまずは「一人の人間としてできる何か」を積み重ねるべきであり、その先に「アーティストとしてできる何か」があるだろうと考えていた。

海外で個展などを開催すると、必ず原発事故について質問される。『私は日本人ですが、被災者ではないので、被災者の気持ちを代弁することはできません。』という旨を前置きしながらも、現地の人が接する数少ない日本人として、真剣に言葉を返す時間が続いた。すると気持ちが震災発生当時に引き戻され、一人になると辛い悲しみが襲った。彩りを失った被災地の映像が脳裏に蘇り、作品も彩りを失った。震災以前は、あえて黒を使って社会の闇や心の闇を表現していたが、震災以後は、黒以外の色を使えなくなってしまったという。

IMG_0275.jpg

被災地では多くの命が失われ、今も苦しんでいる人々がいる。しかし「今のままではいけない」と、まずは自分が変わる意思を持って描くことにより、作品も変化を遂げ「黒から抜け出す」ことができた。花を彩ったピンクの色には「希望」が込められている。1983年から画家として活動してきて、ピンクを使ったのはこのシリーズが初めてだ。植物は自ら逃げることができないが、生まれ変わる意思を持って生きている。散っても明くる年には、その地にきれいな花を咲かせるだろう。

続きを読む ...

【ボランティア募集】翻訳・編集ライターを募集中です。詳細はメールでお問い合わせください。
MoMA STORE