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池上高志

PEOPLEText: Yu Miyakoshi

サイエンスとアート、その2つの領域にたずさわる時、指針となるのは科学する直観なのか、芸術的な着想なのか。脳化学者の茂木健一郎は『アーティストは猛獣で、研究者は猛獣使いだ。』と言われたそうだが、複雑系研究者の池上高志は、東京大学に教授として在籍しつつ、時にアートのフィールドへのぞみ、その両者であることを試みている。そんな池上氏を訪ねたインタビューは、まるで氏の視座の前に、サイエンスやアートが潜在する深い森が広がっているような時間だった。

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研究者として活動されてきた池上さんですが、ICC(NTTインターコミュニケーション・センター)で音楽家の渋谷慶一郎さんとインスタレーション作品「Description Instability 記述不安定性」(2005)を作られたことを皮切りに、その後も YCAM(山口情報芸術センター)で人工的なサウンドスケープを体感できるインスタレーション「Filmachine」(フィルマシーン)(2006)や、「Taylor Couette Flow」(テーラー・クエット・フロー)(2007)などのアートプロジェクトに参加されています。アートの分野で活動をはじめられたきっかけについて教えていただけますか?

渋谷慶一郎さんと会って、意気投合したというのがきっかけです。それまではアートも音楽活動もしていませんでしたが、2005年に渋谷さんと「第三項音楽」※)というものをつくりました。「フィルマシーン」では僕が研究のアルゴリズムを使ってサウンドファイルをつくり、渋谷さんがそれを使って作曲をしています。この作品は3次元のサウンドスケープで、サウンドアーティストのEvala(江原寛人)、当時研究室の博士の大海悠太、それにプロジェクト全体を支えてくれたMaria(マリア)の助力なしには実現しえないものでした。
※第三項音楽:通常はドローン(反復)とメロディー(差異)という二項対立からなる作曲の世界に、新しい三番目の要素として、作曲家が無意識のうちに導入しているであろう動きや、音の自律性といったものの導入が試されている。

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「Description Instability」Concept & Composition: Takashi Ikegami, Keiichiro Shibuya (2005)

「テーラー・クエット・フロー」で使われているテーラー・クエット(筒状の乱気流装置)は素晴らしいと思いました。アートへの取り組みで「自然現象を作る」ということをおっしゃっていますが、それはどういうことなのでしょうか?

人工的なシステムをつくる方が、より自然について分かると僕は考えています。都会の中でネットに囲まれて生活している人が自然を感じることもある、ということに近いと思うんですが。テーラー・クエットという乱気流発生装置自体は僕が考えたというわけではなく、テーラーとクエットという人が、70年以上前に考えたものです。二重の円筒の隙間、1センチ位に水が入っており、内側の円筒を回転させ、速くしていくとやがて秩序だった流れが生まれさらに乱れてくるのですが、そのパターンを使って動きから音をつくっています。水の動きにを視覚化するためにアルミの粉を混ぜてあり、その粉のパターンの変化をCCDカメラで撮って、音に変換しています。

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「Taylor Couette Flow」Concept & Composition: Takashi Ikegami, Keiichiro Shibuya (2007)

音に変換するというのは、どういうことでしょうか?

スピーカーから聞こえてくる音というものは、結局どんな音であってもスピーカーの膜が振動するだけです。それはモーツァルトだろうとベートーベンだろうと、小学生のつまびくヴァイオリンであろうと、その音が録音して出力される時は、スピーカーの膜が振動するだけなのです。そこが辛いところです。しかし、同じ楽譜一つを演奏するにしても、ヴァイオリンであったりピアノであったり、演奏者によって上手であったり下手であったり、といった様々な違いがありますが、その演奏の良し悪しや音色の違いを装置そのものに埋め込もう、というのがテーラー・クエット・フローのやり方です。普通は単に水が回転するだけだと、何も起こらないと思うじゃないですか。でも、そうではなくて、色んな周期が生まれたり渦のパターンが変動したり、乱流構造が生まれたりする。乱流構造というのは、ただランダムになるだけじゃなくて、ある種の構造や特殊なパターンが入っていて、そういうのがサウンドに反映できて面白いところです。「テーラー・クエット・フロー」では、CCDカメラで取った画像をスキャンして一つの数にし、それをサウンドの大きさとします。それを毎時取り込んでは、別のアルゴリズムに放り込んで変化させます。乱流の持つ変な周期性やアルゴリズムの性質で、ホワイトノイズではない構造のあるノイズが生まれます。

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