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千歳・支笏湖氷濤まつり 2009

HAPPENINGText: Tatsuhiko Akutsu

2009年2月中旬。札幌も冬本番を迎えている。連日連夜大粒の雪が舞い、白い地層となって地面に堆積していく。車道には高い雪の壁が連なり、歩道はスケートリンクさながらツルツル。地元の人からすれば、毎年当たり前のようにやってくる何でもない光景なのかもしれないが、滅多に雪が積もることがない土地から訪れた僕からすれば、自転車のサドル、ラーメン屋の看板、灯油のタンク、街行く人の頭、あらゆるところにキンキンに冷えた雪が降り積もっている様子は、なんとも不思議な光景である。

千歳・支笏湖氷濤まつり

1月30日から2月15日まで、厳冬の中約2週間に渡り開催された「千歳・支笏湖氷濤まつり 2009」は、北海道の代表的な冬のイベントの一つである。会場のそばの支笏湖の湖水をスプリンクラーで凍らせた大小様々な氷のオブジェが立ち並び、昼は「支笏湖ブルー」と呼ばれるナチュラルブルーに輝き、夜は色とりどりのライトに照らされ、幻想に満ちた世界が演出される。

丁寧に水を吹きかけることによって作られたオブジェは、それぞれがまるで何万年もの年月をかけて作られる鍾乳洞のよう。しかし、氷という性質上時間が経てばやはり溶けてしまう。そんな「この時間この場所でしか有り得ない瞬間」を体感する。

千歳・支笏湖氷濤まつり

汚れゆく 雪に重ねしこの我が身 溶け穢れ果て春となりぬる

こんな短歌をご存知だろうか。昔々、ある農夫が家の屋根に生えたつららを見て「こんな色白の嫁が欲しい」と呟く。ある夜美しい娘が訪れ、男は娘を嫁にすることにする。実は、その女は雪女だった。嫁は入浴を嫌がるのだが、男が無理に風呂に入れると、櫛と簪を残して嫁は消え失せてしまう。その時女は、この短歌を読んだという。雪や氷というもの自体が持つ儚さ故の美しさ、それが雪解け水となり川に注ぎ、やがてまた春が来る美しい四季の流れ…桜が散るから美しいのと同じように、それはいつの時代でも、日本人の体の奥底に刻まれている美的感覚なのかもしれない。

千歳・支笏湖氷濤まつり

多くのオブジェは、大人でも十分入れるくらいの大きさがあり、内部も様々な色のライトアップが施されている。氷というものは不思議なもので、触ると冷たいのに、中に入ってみると不思議となんとなく暖かい。かまくらと同じで、「何か非常に大きくて強いものに包まれている」という感覚。そんな自然が作り出す不規則な形、限りなく透明に近い透き通った青に、我々はただただ畏敬のため息をつくばかりだ。ライトアップされた氷、ひんやりとした空気、周りの子供の響く声…オブジェの中のあらゆる要素が一つとなり、光と影が織り成す幻想的な別世界を作り上げていた。

千歳・支笏湖氷濤まつり

遠い昔の冬の日。「明日は、80%の確率で雪でしょう」というお天気お姉さんの予報に心を踊らせ、ドキドキしながら眠りにつく。眠りも早々に起床し、カーテンを開けた時に目の前に広がる一面の白い雪景色に歓喜の声をあげる。すぐにスキーウェアに着替え、家族や友達と雪だるまを作り、そりすべりで遊ぶ…そんな小さい頃の記憶が鮮明に蘇ってきて、何となくノスタルジックな気持ちを思い出した、そんなある冬の一日だった。

千歳・支笏湖氷濤まつり 2009
会期:2009年1月30日〜2月15日
会場:北海道千歳市支笏湖温泉
https://www.shikotsuko.com/hyoto2009/

Text: Tatsuhiko Akutsu
Photos: Tatsuhiko Akutsu

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