ジェズ・トーザー

PEOPLEText: Mariko Takei

マーキン・ヤン・マのインタビューの中で、彼のコレクションの写真を手がけた話がでてきますが、他にもファッション写真を多く手がけてますね。ファッションという分野の写真をキャリアとしてスタートした経緯やご自身の興味について詳しく教えて下さい。

JEZ TOZER
© JEZ TOZER

この(上に掲載している)写真は10年以上前に撮影したもので、ウエストミンスター大学で写真の学位を取ることとなったポートフォリオのひとつです。好きな写真の1枚だけど、僕にとっては明確な答えが出せるような、とても大切な質問を投げかけてくれました。それは、この写真で「クリスチャン・ディオール」の写真が撮りたかったのか、そうでなかったのか、ということです。ファッションと写真の仕事は、ニック・ナイトの初のアシスタントとしてスタートしました。何もわからなくて、ニックから多くのことを、特に謙虚さということについて学びました。彼は謙虚で素晴らしい人です。10年前に撮影したこの写真が不思議なことに、ニック・ナイトのもとでアシスタントをしていた時、ニックはとても沢山のクリスチャン・ディオールの仕事をしていたんです。1年に2回のファッション・キャンペーンの仕事をしていたし、香水の広告やコマーシャルなど手がけてました。ファッションへの理解と愛が深まっていったのは、この頃からです。

自分の作品のテクニカルな部分の表現については、まず、人間の精神の脆さと、ビジュアル部分での、束の間の時間というものに興味があるんです。僕はよく自分の作品と音楽を関連づけます。特にドラムビートです。長い間、ドラムのビート間に存在するその瞬間というものに、概念的な部分でこだわっていました。マーキンの作品用に、僕が初めて取り組んだ長時間の露出写真は、この旅の第一章なんです。奇妙にも、そして、完璧な偶然の一致なのは、それが男の子のドラムたたいてる姿だったことですね。ドラムをたたく男の子というは、マーキンの物語の中で、なくてはならない大事なパートです。

JEZ TOZER
Makin Jan Ma © JEZ TOZER

この時、更に6〜8ヶ月の間、長時間露出で瞬間の延長をいう表現を掘り下げてみました。主なものは、エディトリアルや広告写真などで、ギリシャの「Vogue」や「GQ Style」や「Jen Tozer4Staerk」などがあります。

自身のウェブサイトでも語っているように、一つのイメージでシークエンスを表現することに興味があるそうですが、それはマーキンの今年の春夏コレクション「Wild In Heart」の写真でも表現されていますね。ひとつのイメージの中で一連の断片を表現することの面白さは何ですか?フィルムでなくて、写真での表現はどういうところが好きですか?

クリスマスに2週間の休暇をとった時、イメージを作る作業について、自分にとって大切なことは何かを真剣に考え、自分のとっていたコンセプチュアル・アプローチの仕方を厳密に考え直すことにしました。そして、別の側面に出てきたのは、もっと生の美学でした。正確な、写真による瞬間をある種のやり方で試し続けることで、長時間露出の代わりに、一連の迅速なイメージを撮るというアイディアに夢中になりました。おおまかに言うと、19世紀後半のエドワード・ミュイブリッジの作品に影響されたのだと思います。でも、存在理由としての生体構造の分析をすること以上に、瞬間にある欠片を捉える為のツールとして使うことで、そのアイディアへの興味がありました。

ひとつのイメージに一連のイメージを撮ることの面白さは、歩いたり、ダンスしたり、座ったり、立ったりというような、ひとつの構築されたポジションで服を着用はしないというアイディアなんです。行動の最中や、行動と行動の間においてでさえも、服飾の美しさの大抵は、そのつかの間の瞬間にだけ明らかにされるのではないでしょうか。

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Ty at Independent Models for GQ Style / Styling David Lamb © JEZ TOZER

一連の作業を通してすぐに気付いたことは、ひとつの作業方法として厳密なストラクチャーを重ね合わせることは、自分にとってとても大切なことを妨げているのではないか、ということでした。でも、その行程なくしては、たぶんそんなにすぐには、写真のもつ激しく燃えるようなエッセンスが自分にとって何なのか、気付かなかったと思います。それは、ファッションというコンテクストの中にある人間性や人間の精神の脆さを捉え、ファッションを構築されたポーズの中ではなく、現実の動きの中で表現することなんです。
いろんな意味で、ゆっくりとした旅の始まりですが、撮影する対象の人の個性の中に潜むデリケートな部分を捉えること、その楽しみに気付くのは、素晴らしいことです。
人の脆さという感覚を捉えることは、主題として彼らの強さやポジションを弱めたいという事によって、もたらされるものではなく、自分自身の中に感じる脆さを反映することなのだと思います。また、写真の中のモデルによって表現される、自分たちの中にある脆さについて、僕たち見る側が考えさせられるということも、面白いなと思います。

今、わかり始めたのは、もう何も説明する必要はないかなってこと。ましてや、テクニカルなアプローチについてもね。服や主題、撮影モードに合うような、もっと自由な感じで作業しています。いつでも自分にとって写真を撮るということは、感覚です。

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