三上晴子

PEOPLEText: Mariko Takei

今回の新作では、構想に一年以上も費やし、様々な分野のアーティストや技術者が関わっているそうですね。どのような活動をしている人たちが関わっているのですか?また、構想から制作に至るまでのプロセスも簡単に教えていただけたらと思います。

構想からYCAMのキュレーターの阿部一直さんと話し合いながらプロジェクトを進めてきました。実際の制作では、ロボットサーチアームの開発をクワクボリョウタさん、複眼映像のプログラミングは平川紀道さん、壁のプログラミングは市川創太さんが担当されました。また、YCAM InterLab方々には、全ての作品のサポート、ロボットサーチアームデザイン、サウンドを担当してもらいました。皆さん、技術者というよりは、アーティストの方々なので、表現するという根幹の共通認識が各自に元々あることが作品の底上げに繋がっていると思います。そして、壁のハードウェア設計は竹ヶ原秀文さんで、彼は「グラビィセルズ」のセンサー&デバイスも制作しています。照明や機構、そして進行や広報、ドキュメンテーションについても、YCAMのスタッフの皆さんに多大な協力をして頂きました。

制作のプロセスでは、「これは高度な技術研究所レベルでやることかもしれない…」というような当初は実現不可能かもしれなと思われるプランもありました。1度目は11月下旬に多摩美術大学にて実験を行い、1月下旬にはYCAMで滞在しながらプロジェクトを進め、3月1日からは会場のスタジオAに籠ってずっと制作という日々を過ごして来ました。最初は夥しい数の作品や工具、部品、ケーブルなどが溢れていたスペースも作品の仕上がりと共に、空間がスーッと何もなくなるようにモノが姿をひそめ、削ぎ落とされた印象になっていき、最終のランニングテストでは、その動きだけで、スペースに何かが居るような感じが出て来て、一応の完成としたという経緯があります。

三上晴子

「情報社会と身体」というテーマに着目しはじめたのはなぜでしょう?このテーマを主軸にした作品の背景を教えて下さい。

作品の背景ですが、「欲望のコード」は、「二重存在論」をテーマに「個」の存在をパブリックとプライベートの境界線から考えたインタラクティヴ・インスタレーションで、「データとしての身体」と「ここにある肉体」との境界が曖昧になっていく現代の状況を表現した作品です。

情報化社会では、欲望が渦巻くところにさらなる欲望が加速され、あなたのデータは剥き出しに反射、解析、書き換えられ、二重の個が螺旋状に存在していると言えます。例えば、私がインターネットで友人の誕生日のプレゼントに「クマのぬいぐるみ」の本を購入したとします。そうなると私はインターネット上のデータでは「私はクマのぬいぐるみに興味がある人物」と認識されます。そして「この本を買った人はこんな本も買っています」という全く興味がないカテゴリーのメールが続々と届く。このようにして「クマのぬいぐるみが好きな人物」のデータが次々と私の前に現れ、この情報は必ずどこかでデータ化されるでしょう。一度打ち込まれた「欲望の情報」は、それが「欲望」であるがゆえに、消える事はなく、増殖していきます。

ユーザの行動記録がグラフ化されている現在はその行動もトレースされています。ソーシャルネットワークにより認識されているあなたに合わせるようにあなたが行動することもあるかもしれません。また、グーグルなどの検索システムは、我々の意識する以前の情報、つまり我々の脳の中身をダイレクトに集積していると思われます。私が答えを得ようとして、あれやこれや思考を巡らせてタイプする検索キーワードの履歴は、いつのまにか私自身を映し出している鏡になっているのかもしれません。そしてさらに我々の死後も我々のデータやメール情報などが、コードとなって我々の残骸として、また自己複製としてトレースされ、永遠にネット上に漂うのかもしれません。

この二重存在論はネット上だけではありません。もし、あなたが昨日購入したもの全てのレシートやクレジットカード、ポイントカードなどのデータがここにあるとします。これらのデータの羅列から本当のあなたの姿が浮かび上がるという分析もあり、はたしてこのような「データ」があなた自身なのか?あるいは、目の前に現実にそこに存在する肉体があなたなのか、という問いが出て来ます。もしあなたのIDやコード自体が欲望をもったらどうなるのでしょう。個人情報の問題は、今後も加速していくでしょう。例えば住基ネットに代表されるように一つのコードでパスポート、年収、支出、納税額、交通違反歴、病院の通院歴など、あらゆる個人の行動がひとつのコードに情報化されていく可能性も否めません。それ以上に、それがあなたの病院の病歴記録だけではなく、あなたのおじいさん、さらに祖先までが何の病気で亡くなったのかというDNAもデータとしてコード化されてしまえば、あなたが何の病気になるであろうという生死の予測まで、そのコードで解析されていくかもしれません。コードが欲望を持つならば、それは我々の欲望であると言えます。

私はこれらのことを警告するために作品をつくっているのではなく、このような現実を空間として表現しようと試みたのが今回の作品です。

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