「チャイナ・デザイン・ナウ」展
まだ記憶に新しい4年ほど前には、中国の都市の若者は、まだなおナイキの靴のためならなんでもし、国内レーベルのソフトドリンク、ジャンリバオよりコカコーラを選んでいた。しかし、急速な経済発展の影響は、中国の中心都市の新しい建築、デザインの急増を意味するものとなった。 V&Aディレクターのマーク・ジョーンズは『すさまじい早さの変化は、中国の大都市でファッション、プロダクト、アーバンデザインを形づくる新しい世代のデザイナーや建築家に影響を与えている』と語る。
これらの力強く新しい国民的なブランドは、今ではもはや中国の市場で争うだけではなく、世界の注目を集めるものとして、国際的なブランドと競争している。
Chen Shaoxiong, Homescape #31, Photo collage installation (2002)
展示ルートは、中国南部のグラフィックデザイン、上海のユースとアーバンカルチャーから始まる。キュレーターのローレン・パーカーは『上海のデザイナーは、スケートボード、スニーカー、Tシャツなどの国内の若者のトレンドと、伝統的な中国のアイコンとの関係を、遊び心を交えて探っている』と語る。
デザインのコンセプトは、現代中国の目新しいものの何かにある。毛沢東の時代には、それらは単に、国が所有する会社で大量生産をする、ほんのひと握りの「アーティスト工員」しかいなかった。
Chen Shaohua, Poster for China’s first graphic design exhibition (1992)
しかし、1990年代から、香港をインスピレーションと技術基準として使っていた先駆者たちは、第一のコミュニケーション役とし広告掲示板と変化していった。はじめは近くの香港で、そして、台湾、今やヨーロッパ、日本、アメリカへとコミュニケーションを深めていった。この数年間、数々の世界レベルのアート、デザイン団体が出現してきた。特にMEWEデザイン連合とPerkは学際的なデザインの相互認識とクリエイティブなアイディアとの交配によってつくられたものだ。
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