第58回 ヴェネツィア・ビエンナーレ

HAPPENINGText: Ilaria Peretti

第58回となるヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展は「May You Live in Interesting Times(数奇な時代を生きられますように)」というテーマのもと、私たちがかかえる現代の問題、技術の変革(機械や人工知能、バーチャルな存在の役割)、環境そして社会的な混乱について深く考察している。イギリスで使われた言い回しを思い起こさせるこのテーマは、長い間不確実さと危機の時代を暗示する中国の古いことわざとして誤って引用されてきた。

こんな興味深い時代だからこそ『今まさにこの言葉が当てはまるのだと思います。』とキュレーターのラルフ・ルゴフは語る。『展覧会それ自体にテーマはありませんが、アート作品の全体的ななアプローチと、喜びと批判的思考の両方を取り入れた社会的な役割を強調します。テーマを確立するというより、ビエンナーレは既存の思考の傾向に挑戦していくアーティストの作品に焦点を当て、私たちの物やイメージ、ジェスチャーなど、状況に対する捉え方を自由にしてくれます。』

ラルフ・ルゴフは、様々な国の現役のアーティストたちの1960年から現在までに制作された作品を、ジャルディーニとアルセナーレの2カ所にある中央館で同時に展示することで、複雑な問題に取り組むことを決めた。79人の招待アーティストたちがこれらの各会場で、全く別の視点を提供するために、様々なアート作品を紹介し、多様で複雑な個性を示す展示となった。


View of the Central Pavilion at the Giardini, Lara Favaretto, Thinking Head (2018)

ジャルディーニの中央館入口では、イタリアのアーティスト、ララ・ファヴァレットの濃い人工霧が建物全体を包みこみ、喪失と欺き、そして現実の部分的な隠蔽を作り出していた。

ここからメイン展示の別の場所に移動すると、アーティストの作品とインスタレーションは、それぞれ異なるテーマを扱いながらも、同時代性を支配する政治、環境、アイデンティティ、ジェンダーの問題について一貫した視点をもたらす。ニコール・アイゼンマンの力強い絵画は、現代の日常生活の物やシンボルが溢れた、歪んだイメージが浸透した現実を呼び起こす。

金獅子賞(最優秀賞)の受賞者、アーサー・ジェイファの映像「ホワイトアルバム」(2019)は、あらゆる種類の素材(ウェブ、テレビ、写真、映像)で意図的に「反美学」を作り出し、白人と黒人の2つの対立する世界を示している。この作品は、都市間の衝突から白人至上主義者のディラン・ルーフの虐殺の事件まで幅広く取り上げている。

フリーダ・オルパボのランダムなイメージの断片を集めたコラージュで表現される黒人女性の身体は、植民地の暴力と、性別、民族、アイデンティティの問題を具現化する人形として再現されている。テレサ・マルゴレスは、メキシコのシウダー・フアレス市でかつて頻発した女性への暴力、失踪、殺人を心揺さぶるインスタレーション(壁やガラスのかけら、電車の音による振動、姿を消した女性たちの写真で作られている)を通して非難した。


Zanele Muholi, Somnyama Ngonyama, Hail the Dark Lioness (2012-)

メディアとして写真を扱うアーティストからは、ルラ・ハラワーニのパレスチナの作品を紹介したい。彼女は作品「For My Father」(2015)の中で、憂鬱さ、強い嫌悪感、疎遠感が残る戦争によって破壊された子供の頃の場所を探している。日本から参加の片山真理の作品は、彼女の病気が体の美しさを讃えているかのようなポートレイトで自分自身を表現していた。ヴィジュアル・アクティヴィストであるザネレ・ムホリの作品もアーティスト本人を被写体としている。「Somnyama Ngonyama, Hail the Dark Lioness」(2012年~)は、一種の主張として写真の黒いトーンを誇張したセルフポートレイトのシリーズだ。


Mari Katayama, you’re mine #001, 2014

ナイジェリアのンジデカ・アクニュリ・クロズビーの折り重なるように密集した具象的な構成の作品は、インテリアと日常のシーンに焦点を当てている。ナイジェリアのポップカルチャーと政治だけでなく西洋のポップカルチャーのイメージで作成され、コラージュが特徴の作品として絵画が並ぶエリアに展示された。複雑に構成された彼女の絵は、平均化してきてしまったアフリカの経験や移民を対比している。

こういった作品とともに、ビエンナーレでは美と政治的な問題が公式に展示されるが、文字で何か主張が記されていることはない。なぜならタイトルと作品それ自体が、彼らの発言そのものであるからだ。

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