第58回 ヴェネツィア・ビエンナーレ

HAPPENINGText: Ilaria Peretti

アルセナーレのメイン会場では、訪れた人がアメリカのジョージ・コンドのアメリカの価値の低下を象徴する巨大な絵《Double Elvis》(2019年)で迎えられる。さらに、ソーハム・グプタによるカルカッタの軽んじられた人々を描いたシリーズ《Angst》(2013-2017年)、クリスチャン・マークレーの48枚の戦争映画のシーンを重ね、フレームの中で映像が続いていく作品《48 War Movies》(2019年)が展示された。


Shilpa Gupta, For, in your tongue, I cannot fit, 2017-18

アーティストたちは、変化、恐怖、対立と混沌が混在する時代に疑問を呈している。インドのシルパ・グプタは、政治的関与のために投獄された詩人たちを取り上げた、見る者を圧倒するインスタレーション《For, in your tongue, I cannot fit》 (2017-2018年) を発表している。このインスタレーションは、天井からつり下げられたスピーカーから流れる多くの詩的な文章で埋め尽くされた空間を、訪れた人は自由に歩き回ることができる。

数十の国別パビリオンの中には、その内容やキュレーションの選択に多くの観客の注意を惹きつける作品もあった。

人間と海との関係に疑問を投げかけたのは、ルクセンブルク館のマルコ・ゴディーニョ。彼のプロジェクト《Written by Water》(2019年)では、詩的でありながら政治的な視点で、移民の現状を反映した地中海地域の様々な問題を提起している。


El Anatsui, Ghana Freedom, 2019

《ガーナフリーダム》というタイトルで展示された初参加となるガーナ館には、違った世代から6人のアーティスト、フェリシア・アバン、ジョン・アコムフラ、エル・アナツイ、イブラヒム・マハマ、セラシ・アウシ・ソス、リネッテ・イアドム・ボアキエが選ばれ、声や形、様々なジャンルによって魅力的で洗練された空間がつくりあげられていた。

ヨス・デ・グルイターとハラルド・タイスはベルギー館を、職人を模した20もの不気味な自動で動く人形(靴屋、紡績工、ナイフのとぎ師など)が住む、まるで郷土博物館のように変えてしまった。職人たちは、ゾンビ、狂人、精神病者の集団に囲まれながら、それぞれの仕事を誠実に遂行している。彼らは同じ空間に共存するが、全く気づかないようだ。《モンドケイン》(2019年)(1962年リリースの偽ドキュメンタリーのタイトルをもじっている。)と名付けられたこの作品は、リアリズムを社会的批判のツールとして使い、作品の多さと、インターネットによってプロジェクトを完成、拡散することで、作品を展示会場の外へも広げる。


Neon Realism, Sun & Sea (Marina), 2017

今年の国別参加部門の金獅子賞を受賞したリトアニア館は、1階にビーチを再現し、2階からは観客が、広大なビーチで海水浴をする人々の協調的で調和のとれたパフォーマンスを上から見ることができる。《Sun&Sea》(2017年)は、休日の時と空間に捧げられたオペラ作品。クリエイティブ集団・ネオン・リアリズム(リナ・ラペリテ、ヴァイヴァ・グライニテ、ルギーレ・バルズジュカイテ)が生み出す作品を通して、現代の余暇の使い方を批判し、人間の有り様に焦点を当てたカラフルで独創的な活人画(役者や芸術家が、 ポーズをとって絵画のような情景を作る)とも言える。

チリ館の《オルタード・ビューズ》(2019年)は、17世紀から20世紀までの植民地時代の歴史を分析している。このボルスパ・ハルパによる作品は、ヘゲモニー博物館、サバルタンポートレートギャラリー、イマンシペイティングオペラの3つのスペースに分かれている。長年の研究の結果、アーティストたちは大衆の視点(権力のある国家の)を転換しようとしている。植民地主義の歴史的事実の物語として存在する「覇権的な視点」に疑問を投げかける。

第58回ヴェネツィアビエンナーレについてアーティストたちによる興味深い作品を取り上げてきたが、今年の展示はテーマへの取り組み方や、現在活躍中のアーティストに参加を限定するなど、「今」に焦点を当てた開催となった。展覧会全体に流れる物語は、人の心を掴んで離さなかった。例え、メインの展示において、アーティストが表現するテーマが訪れた人の反応をある程度設定しているように見えても、アーティスト個人の意見を伝えているものはない。しかし、個人的な考えなどは忘れてしまうほど、今回の展示作品は、言語、イメージ、ビジョン、そして提案に至るまで全てが重なり合い、素晴らしいものとなっている。

今回、女性アーティストの参加数が初めて半数以上を占めることとなった。嘘と真実、気候変動、経済的問題、人工知能と技術の進化、それら全てが現代の考察の一部であり、不確実な未来への展望を示すビエンナーレとなった。

第58回 ヴェネツィア・ビエンナーレ

会期:2019年5月11日(土)〜11月26日(火)
会場:ヴェネツィア市内

https://www.labiennale.org

Text: Ilaria Peretti
Translation: Satsuki Miyanishi
Photos: Ilaria Peretti

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