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若野 桂

PEOPLEText: Kazumi Oiwa

コンピュータグラフィックス(2DCG)をいち早く取り入れ、グラフィックス界のパイオニア的存在ですが、2DCGとの出会いについて教えてください。またその課程で苦労した部分がありましたか?

先にも述べましたが、20歳頃に居たCGの専門会社で発売当初のMACIIをさわりました。すでにNECの98マシンや88マシンも覚えている途中でCG自体が珍しいという段階ではなかったし、大型の画像合成専用マシンの簡易版に過ぎなかったフォトショップの機能はいくら頑張ったところで予算のある会社の前にはひとたまりもないのであまりピンと来なかったのですが、オペレーターが直接フォルムの細部を製作する事によってでき上がるイラストレーターのベジェ・グラフィックには衝撃を受けました。

実はベジェ・グラフィックはこの一年ほど前に何かの化学番組で「輪郭をベクトルに変換し、劣化なく無限かつ滑らかに拡大し複製できる技術」というふうに紹介されていたのを観て、「これさえあれば狭い部屋でも壮大な腕のストロークが描けるに違いない」と釘付けになった技術そのものだったからです。

しかし、当初のマシン・スペック(メモリーは4メガ、HDは5メガ)といい、カラー・プリンターの開発が遅れていたのでカラー作品を作っても画面の中で眺めるしかない状況といい、本体とモニターだけで100万円近い価格なのに、実用的にはほとんど何もできない機械に近い状況でした。簡単なキャラクターを一つ描くにもメモリーがすぐに限界を超えてしまうので、ソフト・ウエアが間違って持っている機能を発見してそれを駆使したり工夫を凝らしました。

それでも仕事にはなかなかつながらないものですから、マシンを買ったもののローンが払えずにローン会社の社員から「金を持って謝りに来い!」と怒鳴られ暴力団のように脅されたりした時もありました。とにかくいつもお金さえ入ればオプション機材を買い込んでしまうので貧乏でした。

他にもモニターの解像度もおそろしく低かった事など、挙げたらきりがありません。しかし、印刷会社の経験があったので解像度の低いモノクロプリンターでCMYK版を別に出力し、カラーコピー機でOHPシートに一色ずつプリントして、それを4枚重ねたら深みのあるシルク・スクリーン印刷のような4色プリントができた!というような事を毎日やってましたから、クリエイションの誰も知らない領域を工夫だけで徘徊する事が楽しくて苦労とは思いませんでした。

1993年に当時世界32カ国で作品を発売していたDJプロデューサーである「United Future Organization」の誘いで製作し発売された「Multidirection」というアルバムのジャケット・グラフィックはそうした試行錯誤で描いたものでした。今でも海外のアーティストに会う時にこのアルバムの話が出る事もあり、イギリス人でベースメント・ジャックスのグラフィックを描いているロブというアーティストに会った時には「シッティン・オン・ザ・ベンチ…、知ってる?これ、モシノがジャケット描いたアルバムの曲だよ。俺この曲とジャケット大好きだよ。これ見てMAC買ったんだよ。」と言われてとても嬉しく思いました。

若野 桂
Artwork for CD「DJ KRUSH-Reload」(2001年) © phil co.,ltd.
DJ KRUSHが手掛けた代表的リミックス作品を集めたアルバム用作品。

数多くのミュージシャン、DJに作品を提供し、ご自身もVJとしてご活躍されていますが、音楽とご自身の作品の関係性を教えてください。

音楽なくして今の自分はなかったのかも知れません。

ある種の音楽には人間の脈拍のようなものがあり、ミュージシャンはそれをヴァイブとかソウルだと言います。私はヴァイブやソウルに溢れる演奏やDJをするかわりに、そういうものに溢れる絵や映像を作るべく創作する事も多いのです。

高校生の時にはバンドをやったりしましたが、私は演奏する意味を感じなくなるほど上手い同級生を見てしまったので、恥ずかしくなりやめてしまいました。

20代になってからもあいかわらず音楽は好きでDJにも興味を持ちましたが、友人の大半が相当に上手いDJか相当に上手いバンドマンという環境でしたから、僕が今さらバンドやDJをやるのはちょっと悲惨でもあり間抜けな感じがしてしまい、教えてもらう程度にとどまりました。

逆に言えば、DJやバンドマンの彼らが僕の見よう見まねで時々描いた絵も悪くない味があります。しかし、彼らがせっかくの素晴らしい音楽の才能そっちのけで最初に褒めた絵と同じようなものを何枚も描き出したり、深く悩みだして基礎から学ぼうとデッサン・スクールから通い始めたりする姿を想像したらぞっとしてしまったのです。結局は私が音楽をやるよりも彼らのためにグラフィックや映像作品を作ったり、時にはレコード製作のマネージメントを手伝う事のほうがずっと喜ばれた上に、レコード・セールスにおいて大成功する事などがあると、とても幸福感を覚えました。
そうしたDJやミュージシャンとの仕事は私の出発点でもあり、そういう作品に込めた純粋なヴァイブやソウルというものは案外、それほど音楽に興味のない人にまで届くものだと思っています。

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