コントロール・スペース展

HAPPENING

1785年、イギリス人哲学者ジェレミー・ベンサム (1748-1832) は、「パノプティコン」と呼ばれるモデル刑務所を作る計画で働きはじめた。この設計デザインの特徴は囚人には気付かれないよう、個々の牢獄を中央管理室から監視する事ができるということ。ゆえに囚人達は監視されていることに確信を持てなかったが、実質的な看守がいなくなったので、そう思わざるを得なかった。ベンサムはこの見えない視線を取り入れる事で、懲罰を恐れて囚人達が不正な行為をするのをやめるのではないかと踏んでいた。このモデル刑務所は長い間道徳的、政治的な論争を呼んだ。その一方で、パノプティコンの中央管理室は世界的に類を見ない程、あらたな監視の経験と実践の場となっていった。

中にカメラがあるかもしれないただの黒い箱が設置された交差点で赤信号を無視しようとは思わないのと同じ理由である。イッチェロンやその他のシステムが登場したのを受けて、インターネット上で監視についての最近の議論が報告されている。一般の人々もこの問題に関心を持ちはじめたようだ。


ドイツで昨年、注目を集めたあるエキジビションが開催されている。カールツワークのセントラルアートメディアで行われた「コントロール・スペース」は、59名ものアーティストが参加した巨大なエキジビションで、監視をレトリックにした初めての大規模なイベントだ。セントラル・メディアのアトリウムを歩くと、アーティスト達が「監視」というものに様々な角度で取り組んでいるのがわかる。

アプライド・オウトノミー協会が運営している「アイ・シー」は、公共の場所にある監視カメラを避ける手伝いをウェブ上でしてくれる。アイ・シーのウェブサイトを訪れると、ニューヨーク市の地図が現われる。そこには、ニューヨーク監視カメラプロジェクトが調べたすべての監視カメラの場所が記載されている。地図上で出発地と目的地をクリックすると、協会が開発したソフトウェアが二点間で一番監視カメラが少ない通り道を教えてくれる。この道をたどれば監視されているという恐怖から解放されるのだ。アプライド・オウトノミー協会は言う「このシステムは、個人的な興味との再バランスをとる手段。それは社会規制や共通の利益の名のもとに市民の自由が侵食される不安をシニカルに利用するようなものなのです。」一般の人々の理解を深める事に反対したり逆にこういった興味を埋没させることに反対したりする傾向が増えているという。


The Pentitentiary or Inspection House, 1791
© University College London Library, Bentham Papers 119a/120

同じような方向性をもちながら、全く独自のコンセプトがSCPニューヨーク監視カメラプレイヤーズによって作られた。アルフレッド・ジェリーの「ウブ・ロイ」やジョージ・オーウェルの脚色「1984」のように、ニューヨークの通りにある監視カメラの前で行うパフォーマンスだ。 1957~1971年にヨーロッパとアメリカで起こった文化革命的なバックグラウンド行動をとったアーティスト集団「シチュエーショニスト・インターナショナル」にSCPは影響を受けている。そのシチュエーショニスト達のようにSCPは公共妨害やスキャンダルまた、それを引き起こすことによって達成できるものに興味を抱いている。

同じような妨害の話しではあるが、デニス・ボボワは、また異なったレベルのものだ。彼は舞踏の技術を学んだこともあって、カメラに向けサインボードを待ち、何時間も動かずに立ち尽くす事ができる。そのサインボードには「そのテープを私がもらう事ができるのですか?」、「注意、このサインを呼んでいるとテープに移ります。」などと書かれている。このようなストイックなパフォーマンスには度々反応があり、彼は公共の妨げになるという事で警察に捕まった。しかしこのパフォーマンスは一連の疑問を投げかけた。ボボワがいうところの「第一の観客」と「第二の観客」との間に存在するダイナミズムの探究だ。「パフォーマンス」の中で、ボボワは「第一の観客」は、監視カメラだと述べている。特定のものに監視システムの焦点をあてさせることもパフォーマンスの一部だと言う。見る側から見られる側への変換、あるいは見られる側から見る側への変換という混乱が彼の作品を非常に面白いものにしている。


In the event of Amnesia the city will recall… part I, Sydney Australia Performance, 1996-1997
Denis Beaubois, Photo: David Rogers

SWRラジオ&テレビ局は、インターナショナル・メディア・アート・アワードに寄付をするため、セントラルアートメディアと提携した。カリフォルニアのシリコンバレー王国の秘密を調査するため小さなスパイ飛行機を制作するインバース・テクノロジー社に多くのお金が渡され、そのスパイ飛行機は、エキシビションに出典された。インバース・テクノロジー社のエンジニアが冷戦体制の寛大な副産技術を用いて作った小さな飛行監視ユニットだ。ラジコン飛行機と同じデバイスを使い、白黒ビデオカメラとデジタル画像を絶えまなく地上のレシーバーに送る発信装置を積んでいる。ビデオ信号は、ジョイスティックコントローラーと組み合わせて使われて飛行機を制御する。その結果、世界で最も秘密に包まれ洗練されているとされるコンピューターメーカーが全くガッカリするほど普通であることが判明した。


Biological System: Vilno, 1997
© Harco Haagsma

オランダ生まれのアーティスト、ハルコ・ハグスマは、「見る事と見られる事」の相互作用について自分の言葉で述べている。ゲームとしてお互いに見るということを体験してもらうために、彼はビデオとセンサー技術を用いた。「生物機能:ヴィルノ」のインスタレーションで、ハグスマは、ヴィルノという名前をつけた自由に動く機械の腕を部屋の中心に置いた。天井からぶら下げられたヴィルノの先端にはセンサーとカメラが取り付けられ、状況は部屋の隅に置かれた四つのモニターで見る事ができる。センサーが部屋に入ってきた人を感知すると、ヴィルノは入室者に近付き動きを真似る。純粋に実験的な意味で言えば、間違いなくテクノロジーが使われており、そのおかげでヴィルノは生物の特質を表現できる。訪問者との親近感、接点、対話を探すと同時にヴィルノは反対側にいる何も怪んでいない人を突然写し出すこともできる。イメージは四つのモニターに一斉に写し出され、ヴィルノのカメラは我々を監視しながら、我々をこのカメラに対して何かしらのリアクションをおこしたい気にさせる。役立たずだったり退屈だったりする機能は一切ない。最終的にカメラは我々なしに存在できるようなものになるだろう。

カメラとのインタラクションの話から離れて、フランス人アーティスト、ソフィー・カレについて話そう。彼女は定期的に極端な意味で「のぞき」を題材に取り組んでいる。初期の有名な試みは、パリ(ある時はイタリアのベニス)で、通りすがりの人をつけ回したり、ホテルの宿泊客の私生活を極秘に調査するためにメイドとして働くことなどが含まれていた。
シャドー」と呼ばれるエキシビジョンで、彼女は自分自身を調査の対象にした作品を発表した。 「1981年4月、私の要望で、母は探偵社に行きました。私を追跡し、日々の行動を報告し、私が存在するという証として写真を提出するように頼んだのです。」簡潔な文章でこの奇妙なダブルゲームを説明している。彼女は、綿密に日々の計画をたてていたが、探偵には、彼女の行動の深い意味はわからないままだ。ソフィー・カレが始めてキスをしたルクセンブルグの庭園や、ルーブルのテッチアーノの絵の前で佇んでいたりと、彼女にしか意味を持たない場所に状況を理解していない探偵を置く事で、観察者と対象物の間に存在した隔たりは消え失せた。最終的にこのアーティストは、伝達された情報の不正確さを視覚化したのだ。プロとしての経験があっても探偵が遠くから観察したぐらいでは、芸術家の性格を明らかにすることはできなかったし、重大な意味を持つ出会いなどを彼女が故意に計画していることも分からなかった。後のエキジビションで、ソフイー・カレ自身から補足された情報やコメントを見る事によって、観客は知覚と観察という異なるレイヤーで結ばれた場所のなぞを解く事ができる。それでもなお、この見知らぬ人々の正確な印象を持つ事が難しい。


The Shadow, 1981 (Detail) (English Edition, 1985)
© Courtesy Sophie Calle und Paula Cooper Gallery, New York; VG Bild-Kunst Bonn, 2001
Photo: Tom Powell

写真の世界では、トーマス・ラフが 1992年に開催されたドクメンタ9で「」と題させる一連の大きな写真を初めて出展した。人気のない夜の景色はどれも似通っている。誰もいない裏庭、運河の上に架けられたスチール製の鉄道橋、明かりで照らされた家の入り口、駅前にとめてあるトラック等々。湾岸戦争で有名になった低レベル赤外線装置を用いたので、これらの写真の質は悲惨だ。ラフは、ニュースで使用されたあの緑色の写真の記憶を呼びおこす。軍事的あるいは歴史上の特定の出来事としての意味だけだはなく、あの戦争特有のメディアの重要性も提示する。これらの大きな緑色の写真が持つ意味はそれだけには留まらない。写真が何を写し出す事ができるか、あるいは、そこに存在する光景が何を記録することができるかなどという概念を超越した物だ。ラフは、イメージの効果や知覚を考え抜いている。


Nacht 1, II, 1992 Leihgabe der Stadt Nuernberg, Erworben 1993
© Thomas Ruff and VG Bild-Kunst, Bonn, 2001 Photo: Neues Museum in Nuernberg

建築家エリザベス・ディラーリカルド・スコフィディオは、様々なメディアで建築という環境を用いて、伝統的な建築の枠を広げてきた。有名な最新作品は 「スイス・エクスポ 2002」のメディアパビリオン「ブラー・ビルディング」。
リフレッシュ」と名付けられた初めてのウェブプロジェクトでは、日常生活においてビデオテクノロジーが果たす役割を知る手段として、二人は事務所のウェブカメラを用いるところから始めた。アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアに存在する12のサイトは、ディラーとスコフィディオが選び、フィクションの説明文とイメージをでっち上げた。各サイトには、12のイメージがならび、一つをクリックすると画像が更新される仕組みになっている。このプロジェクトのために作られた他の11の画像は、俳優を雇い、フォトショップで手を加えられたものだ。一見分かりづらいが、これらの画像は本来の意味を失っている。「のぞき」という果てしない欲望に対する技術的なトリックや「監視」というものの可能性を皮肉に弄ぶ事で、狡猾に生活をでっち上げている。

若いドイツ人アーティスト、コープスルフラーは、本物の警察写真を用いて特殊なリサーチを行った。ドイツRAF の隠れ家の家具に施されていた、テロリズム的なカモフラージュ技術のリサーチだ。見た目は、70年代に建てられた、とるに足らない高層アパート。廃虚と化したその建物を虚構として新しくしようというものだ。彼らの作品に添えられた文章も見逃せない。奇妙なポエムのような素晴らしい内容だ。


Safe zones, no. 7 (The toilets at Kunstverein Hannover), 1999
© Jonas Dahlberg

最後にジョナス・ダーベルグの独創的なインスタレーション「セーフ・ゾーン No.7 (セントラルアートメディアのトイレ) 」についてお話しよう。彼は、セントラルアートメディアのトイレの外にモニターを設置した。このモニターのせいで人々はトイレの中がカメラで監視されているのではないかと想像する。トイレで用を足している最中を見られるなんてゴメンだと思う。それにも関わらず、意を決して中に入った人だけが、モニターに写っていたものが本当はなんであったかを知る事ができるのだ。それは綺麗な小さな中国製の箱のなかに再現されたトイレのミニチュアだった。

エキジビションのテーマを考えると、ホールの外に設置されたこの一望監視の狡猾な実験はエキシビションの最後を飾るにふさわしい。カールツワークで行われているこのエキジビションは、2002年2月24日まで開催されている。MITプレスよりカタログも出版される予定だ。

CTRL Space Exhibiton
会期:2001年10月13日〜2002年2月21日
会場:ZKM | Zentrum fuer Kunst und Medientechnologie
住所:Lorenzstr. 19, 76135 Karlsruhe, Germany
TEL:+49-721-8100-0
http://www.zkm.de

Text: Timo Linsenmaier & Joerg Radehaus
Translation: Eriko Nakagawa
Special thanks to Thomas Zandegiacomo Del Bel

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