ゾフィー・トイバー=アルプとジャン・アルプ

HAPPENINGText: Alma Reyes

アルプ夫妻が共同で制作した作品《デッサン(デュオ=デッサン)》(1939年)は、構成主義に近い硬質な線描画を感じさせる。ゾフィーとジャンは、ヨーロッパ各地で開催された数々の展覧会で人気で、際立っていた。


ゾフィー・トイバー=アルプ、ジャン・アルプ《デッサン(デュオ=デッサン)》1939年、アルプ財団、ベルリン/ローラントシュヴェルト © VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2024 C4772

第一次世界大戦が勃発すると、アルプ夫妻は1926年にストラスブールに移り住み、フランス国籍を取得した。翌年、ふたりはパリ郊外の町クラマールに居を構えた。ゾフィーは建築とインテリア・デザインに携わるようになり、さまざまな色合いのグレーを使った《モジュール式家具(グレーの棚)》(1929年頃)などの自宅兼アトリエを設計した。『セルクル・エ・カレ』や『抽象=創造』グループなど、幾何学的で抽象的なアーティストのサークルに参加したことで、二人の作風はさらに深まった。


ジャン・アルプ《無題(デッサン・デシレ)》1934年、アルプ財団、ベルリン/ローラントシュヴェルト © VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2024 C4772

一方、ジャンは、ちぎった紙によるコラージュ「パピエ・デシレ」を試みており、例えば《無題(デッサン・デシレ)》(1934年)では、一枚の紙を不規則な輪郭を持つ複数の断片にちぎる効果が、空間に漂うランダムな思考の詩的なオーケストラを奏でている。(アルプは 「言葉のない詩」と表現している)


ジャン・アルプ(ゾフィー・トイバー=アルプの作品に基づく)《(頭部)》1950年代、アルプ財団、ベルリン/ローラントシュヴェルト © VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2024 C4772

アルプ夫妻は戦争の惨禍から逃れるために都市を転々とすることを余儀なくされたが、作品や展覧会を通して粘り強く活動を続けた。1943年、ゾフィーは一酸化炭素中毒で亡くなった。彼女の死をきっかけに、ジャンは彫刻制作を一時中断。しかし、4年後に再開し、バウハウスのヴァルター・グロピウスからの依頼でアメリカに渡り、彫刻制作に没頭した。《無題(頭部)》(1950年代)、《ダフネ》(1955年)、《貝殻=帽子》(1965年)は、亡き妻であり、創作上のパートナーでもあったゾフィー抜きで完成させた彫刻の例である。

この展覧会は、20世紀初頭における女性の力強いエンパワーメントだけでなく、愛と芸術におけるパートナーシップの豊かな実りを示したアルプ夫妻への素晴らしい賛辞である。

ゾフィー・トイバー=アルプとジャン・アルプ
会期:2025年3月1日(土)〜6月1日(日)
開館時間:10:00〜18:00(金曜日20:00まで)
休館日:月曜日(5月5日は開館)、5月7日
会場:アーティゾン美術館
住所:東京都中央区京橋1-7-2
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://www.artizon.museum

Text: Alma Reyes
Translation: Saya Regalado

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