ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ
HAPPENINGText: Alma Reyes
六本木ヒルズを訪れたことのある人なら、中央広場にある巨大な蜘蛛の彫刻の下や周りを歩いたことがあるに違いない。制作者であるフランス系アメリカ人のアーティスト、ルイーズ・ブルジョワは、白い大理石の卵を腹に抱えたこの驚くべき作品《ママン》(1999/2002年)を、家業のタペストリー工房を営んでいた温和で勤勉な実母に捧げた。ブルジョワは『母は私の親友であり、この蜘蛛は母への頌歌です。また、糸で傷を繕い、癒す修復家である一方、周りを威嚇する捕食者でもある』と説明しており、母性の複雑さを表現するものでもある。
ルイーズ・ブルジョワ《ママン》1999/2002年、ブロンズ、ステンレス、大理石 所蔵:森ビル株式会社(東京)
1997年以来の日本では最大規模となるルイーズ・ブルジョワの個展「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」が、森美術館で2024年9月25日から2025年1月19日まで開催されている。本展は、心温まるものであると同時に、挑発的で、不安を感じさせる。展覧会の副題は、ブルジョワが晩年にハンカチに刺繍した自身の日記の一節に由来する。ブルジョワの芸術は、主に自身が幼少期に経験した、複雑で、ときにトラウマ的な出来事をインスピレーションの源としている。父親の不倫、知性と庇護の柱であった母親との別れ、そして実の息子の死によって心に深い傷を負ったブルジョワ。この言葉は、彼女が何年も鬱々とした日々を過ごしながらも、逆境を克服してきたことを象徴している。
ルイーズ・ブルジョワ《無題(地獄から帰ってきたところ)》1996年 Photo: Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY
自らをサバイバーと呼ぶブルジョワは、2010年に98歳でこの世を去るまでの70年間にわたるキャリアの中で、彫刻、絵画、ドローイング、布作品、ドキュメンタリー映画、インスタレーションなどさまざまなメディアを用いながら、男性と女性、受動と能動、具象と抽象、意識と無意識といった二項対立に潜む緊張関係を探求し、対極にあるこれらの概念を比類なき造形力によって作品の中に共存させてきた。題材は、フランスで過ごした若き日から、ニューヨークで過ごした人生を横断し、彼女の埋もれた感情を表現したいという欲求に満ち、作品群によって生きることへの強い意志を訪問者に伝えている。
自身の版画作品《聖セバスティアヌス》(1992年)の前に立つルイーズ・ブルジョワ。ニューヨーク、ブルックリンのスタジオにて。1993年 Photo: Philipp Hugues Bonan. Photo courtesy: The Easton Foundation, New York
3つの章で構成された本展は、「私を見捨てないで」というテーマで始まる。1932年、二十歳のときに母親が死去。同年に、ソルボンヌ大学数学科に入学するも、母を亡くした悲しみからアーティストとしてのキャリアを志望するようになる。その後、ソルボンヌ大学、パリ国立高等美術学校、エコール・デュ・ルーヴル、アカデミー・ドゥ・ラ・グランド・ショミエールでアートを学ぶ傍ら、フェルナン・レジェを始めとするアーティストのスタジオに通う。1938年、アメリカ人美術史家のロバート・ゴールドウォーターとの結婚を機にニューヨークに移住し、1940年代半ばから作品を発表。間もなく、ル・コルビュジエ、ジョアン・ミロ、マルセル・デュシャンら高名な芸術家たちと貴重な知己を得る。1982年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)で女性彫刻家として初めて大規模個展を開催。その後、ポンピドゥー・センター(パリ、1995年)、横浜美術館(1997年)、テート・モダン(ロンドン、2000年)などで個展を開催。没後も世界の主要美術館で個展が開催され続けている。
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