ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ

HAPPENINGText: Alma Reyes

自身も母親であったブルジョワの母性観は、溺愛する母、放任する母など、多面的な役割を包含している。印象的な自画像《家出娘》(1938年頃)は、揺るぎない芸術家がスーツケースを抱え、青い海に象徴されるフランスの家(遠景)を後にする姿を描いている。様々な彫刻が並ぶ展示室のインスタレーションは、1990年後半から生前のブルジョワと交友関係を築き、彼女の文章に強い関心を抱いていたコンセプチュアル・アーティスト、ジェニー・ホルツァーによるブルジョワの言葉を使用した本展のために制作されたの新作映像作品によって強調されている。


ルイーズ・ブルジョワ《自然研究》1984年 Photo: Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

ブルジョワは彼女の彫刻が彼女自身の身体を表していると確信していた。ブルジョワの作品群には人体の断片のイメージが度々登場するが、そこには不安定な精神状態や、精神の崩壊の象徴や兆候が表わされている。例えば、自画像の《自然研究》(1984年)は、獰猛な爪と複数の乳房を持ち、攻撃者を威嚇しようとする首のないスフィンクスのようで、彼女の本能的な母性を体現している。また、男性と女性、あるいは両性具有の性器の組み合わせは、彼女の弱さというメッセージを露わにしている。対照的な作品として、《良い母》(部分)(2003年)は、5つの糸巻き(3人の子供の家族を象徴する)で糸で縫い付けられた腕のないピンク色の母親を描き、優しさと繊細さの親密な流れを醸し出している。


ルイーズ・ブルジョワ《良い母》(部分)2003年 Photo: Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY

愛し合うパートナーが天井から吊り下げられ回転しながら一体となっている、アルミニウム製の彫刻作品《カップル》(2003年)。ブルジョワは 『螺旋は混沌をコントロールする試みである』と述べている。パノラマビューに面した部屋では、ブロンズ製の彫刻作品《ヒステリーのアーチ》(1993年)が、照らし出されている。古くからの固定観念を覆すべく、女性の病とされてきたヒステリーを、ブルジョワは男性にもこの病気があることを示したかったのだ。


ルイーズ・ブルジョア《ヒステリーのアーチ》(1993年) Collection: The Easton Foundation, New York © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR and VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY, Louise Bourgeois: I have been to hell and back. and let me tell you, it was wonderful, Mori Art Museum, Tokyo, 2024

1938年に結婚を機にパリからニューヨークに渡ったブルジョワ。その頃描かれた絵画には、自画像、家、フランスに残してきた家族、植物、自然、さまざまな建築的なフォルムなど、その後数十年にわたって繰り返される重要なモチーフが登場する。なかでも、女性を守ると同時に縛りもする家によって上半身が覆い隠された女性像を描く「ファム・メゾン(女・家)」シリーズは、1960〜70年代のフェミニズム運動で高く支持されるなど、ブルジョワのキャリアを象徴する作品群のひとつだ。

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