マルク・シャガール 版にしるした光の詩(うた)

HAPPENINGText: Alma Reyes

“愛の画家”として知られるマルク・シャガール(1887-1985年)は、ヨーロッパで勃興したモダニズム運動の重要な具象画家の一人である。幻想的で色彩豊かな絵画で広く愛される一方で、シャガールは晩年に絵画のかたわら版画制作にも熱心に取り組み、2,000点以上の版画作品も制作している。世田谷美術館では7月1日から8月27日まで、「マルク・シャガール 版にしるした光のうた」と題し、神奈川県立近代美術館所蔵の望月コレクションより、さまざまな年代・技法による6つの版画集から厳選した作品約140点を紹介している。


展覧会エントランス風景

最初の部屋では、シャガールが制作した「ラ・フォンテーヌ寓話集」(1952年刊行)のモノクロ銅版画100点のうち32点が展示されている。イソップ寓話で知られる17世紀のフランスの詩人ジャン・ド・ラ・フォンテーヌが1668年から1694年にかけて書いた動物や人間を風刺したユーモアあふれる内容のこの寓話は、フランスでは古典として今も広く愛されている。1927年にフランスの画商アンブロワーズ・ヴォラールは、シャガールの美意識、リアリズムとファンタジーの共存に心を奪われ、この寓話の挿絵としてシャガールに一連の銅版画の制作を依頼した。挿絵をよく見ると、シャガールはエッチング針を巧みに使って線や点を彫り、後にニスを塗って、葉や茂み、動物の羽や毛皮の模様にハイライト効果や豊かなグラデーションをもたらしている。陰影とクロスハッチ(碁盤の目のように線が交差したパターン)のテクスチャーは、さまざまな色調を想起させる。


マルク・シャガール「きこりとメルキュール」(左); 「狼と母親と子供」(右)版画集「ラ・フォンテーヌ寓話集」1952年刊より

このようなモノクロームの深いトーンのコントラストを象徴する挿絵のひとつが、「狼と母親と子供」だ。村人の家の前で待ち構えるオオカミに対する恐怖が、荒々しい陰影を通して感じられる。深い黒で刻まれた母親の姿は、泣き叫ぶ子供をなだめながら浮かび上がる。動物のテクスチャー技法は、「病気の鹿」、「猫と二羽の雀」や、「二羽の鸚鵡おうむと王と王子」にも見られる。


マルク・シャガール「病気の鹿」(左); 「猫と二羽の雀」; 「二羽の鸚鵡おうむと王と王子」(右)版画集「ラ・フォンテーヌ寓話集」1952年刊より

次の版画集「馬の日記」(1952年刊)は、ユダヤ系ドイツ系フランス人作家クレール・ゴルの物語に由来する。ゴルは左翼ジャーナリストで反戦活動家イヴァン・ゴルの妻であり、クレールとともにシャガールと共通の政治的関心を持っていた。共産主義ロシアでユダヤ人として育ったシャガールの生い立ちは、故郷ヴィテブスクとパリ、ベルリン、ニューヨークを行き来せざるを得なかった戦争の惨禍の暗い体験に染まっていた。戦争に同情的だった彼は、ロシアの民芸品や正教会のイコン、ユダヤ教の伝統を反映させたドローイングに自分のアイデンティティを刻み込んだ。「馬の日記」は、人間社会の残酷さや愚かさから生じる過酷な試練に巻き込まれた、擬人化されたパリの馬車馬の物語である。このような儚い状況は、シャガールの繊細な線と華やかな色彩の濃淡によって表現されている。

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