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川村真司

PEOPLEText: Mariko Takei

シンプルでユニバーサルな表現を生みだすクリエイター。

YouTubeで150万回以上のダウンロード数を生みだしたことでも話題となったミュージッククリップ「日々の音色」は、DOTMOV FESTIVAL 2009でも上映作品に選出され11月からスタートした各地のDOTMOV上映会場で多くの観客の目を楽しませてくれている。今回、シフトではその「日々の音色」の作者のひとりであるクリエイター川村真司にインタビュー。今年最後を締めくくるシフトカバーと共に、これまで手がけてきたヒット作から今後の展望まで、多くを語って頂いた川村氏による様々な声をお届けする。

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まずはじめに、簡単に自己紹介をお願いします。

こんにちわ、川村真司です。今はニューヨークのBBHというクリエーティブエージェンシーでシニアアートディレクターという肩書きで仕事をする傍ら、映像ディレクターやブックデザインなどいろいろと活動しています。

TVコマーシャルやミュージックビデオなどの映像作品から、広告やCDジャケットデザインなどの印刷物、プロダクトデザイン、ウェブサイトなどインタラクティブなものまで、多岐に渡り作品を手掛けていますが、もともとは何の制作からスタートしていますか? 職歴などを含め現在に至るまでの経緯も教えてください。

大学で始めはプログラミングなどを学んでいたんですが、大学2年のときに(慶應義塾大学)佐藤雅彦研究室に入って、そこで初めてモノを作る面白さを学びました。そこでの活動を通して今のモノを作る上での考え方のほとんどを学んだといっても過言ではないです。

卒業後、博報堂に入社してCMプランナーとして働き始めたのですが、日本の広告代理店ではCMプランナーというと、どうしてもCMというメディアの中での仕事になってしまうことが多くて、そのことに違和感を覚え始めました。もともと僕はアイデアありきで、そこからウェブやテレビ、プリント、イベントなどそのアイデアにあったメディアに表現を広げていくことが正しいと考えていたので、物足りなくなってきてしまって。

そんなときに、外資系の広告代理店であるBBH Tokyoの立ち上げがあるという話を聞き、移籍を決意して日本にいながら海外のクリエイティブ・ディレクターとのやりとりを学びました。その後、ロンドンのBBHでも活動したのですが、規模が大きくてフットワークが重かったので、もっと「少人数でクリエイティブなことができる場所に身を置きたい」と思い、その足でオランダのアムステルダムにあるクリエイティブ・エージェンシー180を訪ねて行ってそのままそこに1年強ほど在籍していました。そして今年の始めに今度はニューヨークのBBHに移籍したところです。

これまで手掛けてきた作品にTVコマーシャルの「JINRO」がありますね。くせになる音楽と映像が印象に残っています。こちらはどのようなことを手がけたのでしょう?また製作の経緯や内容や印象に残るできごとを教えてください。

JINROのCMは博報堂に入社して1年目、初めて自分の企画が採用されたCMでした。はじめは振り付けを絵コンテにして社内でチームにプレゼンしたんですが、当然そんなことじゃ企画が理解されなくて。それでくやしくてその夜友達を集めて実際に踊った姿をビデオに撮って、翌日再度プレゼンしたんです。そしたら今度はみんな「なんか理由が判らないけど間が抜けてて面白い」と言ってくれて、それでそのままクライアントにもプレゼンしようということになりました。そのとき、多くの人といっしょに何かを作り上げる時、いかに自分のビジョンを共有する事が大事かということを学びました。

企画が採用された後は監督として起用したジェフ・マクフェトリッジといっしょに振り付けを調整したり、映像の流れなど細かい部分を洗練していきました。彼はもともとグラフィックをベースにした表現を得意とするディレクターだったので、すごい空気感を作るのがうまくって、とてもいい抜けのある映像に仕上げてくれました。ただ、フィルムができあがったときはみんなで、何かとんでもなく変なCM作っちゃったんだけどいいのかな?とちょっと不安に思ったりしたのも覚えてます。ただ、そうやって作り手も100%判断できないくらいラディカルなものができたときの方が、大抵新しくて良いものになると最近では判ってきました。

Rainbow In Your Hand」について。YouTubeでのプロモーションを上手く利用したようですが、元々の制作の動機や販売方法について、またYouTubeを使うことで、成功するかもしれないというイメージは最初からあったのでしょうか?

元々は僕がパラパラマンガが好きで、何かパラパラマンガで新しい表現ができないかとずっと模索していたことから始まりました。ある日パラパラマンガをめくっていると、連続したコマがアニメーションするのとは別に、ページの間に残像が残るのに気付いたんです。これはまだ誰も表現に使った事がないなと思って、それで何かできないかと考えていたとき、ちょうどアーチ型の残像なので虹ができたらうれしいなって思ったんです。それで試しに自分のプリンターで出力してプロトタイプを作ってみたら、想像した通りに上手く出来て。そこからこの表現が世の中にどう存在するのが一番いいのかって考えたときに、アート作品よりもプロダクトとして書店に置かれる方がいいと思い、知り合いの印刷業者にお願いして自腹でまず300部ほど刷っていろんな書店に売り込みにいったんです。そしたらユトレヒトの江口さんがすごく気に入ってくれて、それから印刷と流通もそちらでお願いできる事になって。

そのとき宣材として撮影した写真と動画が結構うまく撮れたので、YouTubeにも載せてみたらそれが予想以上の広まりをみせて、海外の有名なデザインブログにも取り上げてもらえました。結果最終的にはパリのコレットなどにも置いてもらえたりしました。どの国のどんな年齢の人にも受け入れられるような、言葉に依存しないユニバーサルなアイデアだったのがこの広がり方を手助けしたのかな、という風に思っています。正直YouTubeに載せれば世界の人が見てくれるんじゃないかとは思いましたが、ここまで広まるとは思っていませんでした。おかげで今までは頭で知っているだけだったviralの強さを初めて肌で実感することができました。小さくてもいいアイデアなら見てもらえる。そんな自信がこのとき生まれました。

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