カルティエ財団のグラフィティ展

HAPPENINGText: Kana Sunayama

2008年3月、グラフィティアートの先駆的コレクター、アラン=ドミニク・ガリジアのコレクション展「TAG」がグランパレで開催され、予想に反して5週間の会期中で8万人の観客数を数えたのを皮切りに、パリの現代アート界は、今まで「落書き」や「都市環境破壊」というレッテルを貼られるばかりだったグラフィティというストリートアートを、美術史におけるひとつのムーブメントとして見直そうと注目が集まっている。
そんな風潮のなか、カルティエ財団で「Né dans la rue – Graffiti」(ストリートに生まれて-グラフィティ)展が現在開催されている。

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ジャン・ヌーベルによる総ガラス張りの地上階の展示場は、グレイのスプレーペイントで道路側からの自然光を遮られ、庭側のガラスには曲線と点で描かれた顔がちりばめられ、その間の空間は、現在も活躍するパリやサンフランシスコ、サンパオロ、アムステルダムなど世界各国から招待されたアーティストたちの作品に支配されている。しかしこれらは結局クーラーのかかる快適な場所でマスクをしながらカルティエ財団で働くアシスタントたちに囲まれて制作されたもの。グラフィティとしての価値はあるのだろうか。これらの作品はこのグラフィティ展に居場所があるものなのだろうか。そんな思いを抱いたなら地階に急いででほしい。

地下の会場はグラフィティアートの立役者とも言える「P.h.a.s.e.2」、「Part 1」、そして「Seen」の現在では40歳を越すストリートアーティストたち三名の巨大壁画に覆われている。パワフルでいて繊細緻密なそれらの作品は、地上階での展示を全く忘れさせてしまうほどだ。また、早くからポップアートの中心人物アンディ・ウォーホルに認められ、現在では世界で最も作品評価額の高い現代アーティストの一人に挙げられるジャン=ミッシェル バスキアやキース・ヘリングの作品も展示されている。キャンバスの上の作品だけではなく、当時逮捕も免れないリスクを犯しながら「ストリート」に自らの表現を残したバスキアやヘリングの行動を負うビデオ映像も流されている。

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Photo © Olivier Ouadah. Courtesy of Fondation Cartier pour l’art contemporain.

「ペインター」ではなく「ライター」と呼ばれたアーティストたちの創りだしたグラフィティ文字の発展やその多様性なども、写真やクロッキー、ビデオ、また実際に当時のストリートアーティストたちに使用されていたスプレーなどの展示によって、詳細に説明がされ、社会現象としても一つのアートムーブメントとしても非常に興味深い展覧会となっている。

1970年代にニューヨークで産声をあげたグラフィティ。現在は公共区画にグラフィティ用の壁が設置されることも少なくないが、その誕生は非合法のものであり、いまでも都市環境の破壊的行為であると見なされる傾向が根強い。そして、階級や人種、またアートに対する興味の有無などとは一切関係なく、都市の思いも寄らないところで誰もが目にする違法行為の産物、それらの行為やリスクなど、全て合わさってこそ、それこそが社会へのメッセージ性を高めるグラフィティの在り方ではないのか、という疑問も残る。グラフィティを「アートムーブメント」とする傾向も非常に興味深く大切な考察である、と考えると同時に、それらを「社会」ではなく「アート」の資料としてアートセンターや美術館に収めてしまい、馬鹿にならない入場料を払ってしか観賞できないものにしてしまっているのも否めない。それはまるで信者が祈りをささげるために、また信者の行いを戒めるために存在したはずの彫刻や絵画などのキリスト教芸術を、美術館のプレキシガラスの中に収め写真撮影の対象として存在させることと同じとも言える。

今までグラフィティとは「街で目に入ってくる」ものであった。これらの展覧会は「グラフィティを見せる。」ということを考える最初の試みであるし、これからのグラフィティの扱い方には多大な議論がなされていくであろう。

カルティエ財団とともにフランス屈指の現代アートメセナ企業であるLVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・エ・シャンドン社)も、シャンゼリゼ通りの本店最上階、エスパス・ルイ・ヴィトンで現在行われている「Ecritures siencieuses」 展で、パリ在住のグラフィティアーティスト、「Sun7」の作品を展示している。グラフィティアーティストが、庶民的な街の屋根ではなく、キャピタリズムと消費社会の頂点とも言えるルイ・ヴイトン本店のぬくぬくとした屋根の下で、ジュゼッペ・ペノーネ、トレーシー・エミン、バーバラ・クルーガー、エルネスト・ネトなどの大御所現代アーティストと肩を並べる。

なんとも不思議な話だが、これらのメセナ企業によるグラフィティへの注目は、もちろん一般コレクターにも影響している。去る6月20日はコルネット・サンシールというオークションハウスで全290点のグラフィティ作品が競売にかけられた。競売に先駆けての作品お披露目は「le Cigale」というロックコンサート会場で行われ、総売上は 4万8千ユーロ、70%の作品が売却された。また、6月29日にはアートキュリアルというオークションハウスでもグラフィティ専門の競売が行われた。このアートキュリアル社は2007年からグラフィティ専門のオークションを開始し、世界記録など毎回成功をおさめている。

Né dans la rue – Graffiti
会期:2009年7月7日〜11月29日
時間:11:00〜20:00(月曜日休館)
会場:Fondation Cartier(カルティエ財団)
入館料:一般 5.50 €
住所:261 boulevard Raspail 75014 Paris
TEL:33 (0)1 4218 5650
http://fondation.cartier.com

Text: Kana Sunayama
Photos: Kana Sunayama

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