イグナシオ・マスロレンズ

PEOPLE

バーに到着した。イグナシオ・マスロレンズに電話するのはこれで3度目だ。彼が、私たちが会う予定の場所をまちがうのではないかと心配なのだ。彼がこの場所を知っているのかが不確かなために、何度も確認した。彼がここに着いたときは溜息をついたよ。そしてインタビューが始まった。

イグナシオ・マスロレンズ


彼を見るや否や、イグナシオが典型的な映画制作者ではないことに気づいた。彼はシンプルな男だ。一緒にコーヒーを飲みに行ったり、映画を観に行ったりするようなタイプの男なんだ。

ブエノスアイレスの多くの人がそうであるように、イグナシオは他のことから活動を始めた。子供の時は、スケッチが好きだった。そしてその後、オーディオヴィジュアルデザインを勉強した。また、雑誌を作ったり、写真を撮ったり、DJをするのも彼のひとつの楽しみだった。そんなわけで、ここでは典型的な映画制作者について話しているわけではないんだ。

『これらのことを映画制作と比較すると、他の仕事は全て限界があるように思えたんだ』とイグナシオは言う。『映画の中では、なんでもできる。プロジェクトがもっと野心的なものになるんだ。だからこそ、規則は交換可能となり、それらを交差する沢山の環があり、それらの間で突然変異することが可能になるんだ。』

イグナシオ・マスロレンズ

イグナシオはアルゼンチンの南にある、忘れられないぐらいの美しい風景をもつ素晴らしい街、バリローチェからきた。この街の澄んだ空気は、まだ彼の容貌の中に息づいている。彼の薄茶色の眼の中をじっと見つめると、その空気を吸い込むことができる。

『僕の多くの友達は地方から来てるんだ。大きな都市に来れてうれしいし、ありがたいと、みんな同じことを言うんだ。僕らは、ついにここブエノスアイレスに来たっていう瞬間を待ちに待っていたんだよ』と大きな笑顔でイグナシオは言う。

イグナシオ・マスロレンズ

イグナシオの映画制作者としての経歴のなかで、最も重要なポイントのひとつとなったのは、シネアンブランテ(ノマドフィルム)プロジェクトだ。『すべては、マルデルプラタの映画祭から、大きなバスで数名の友人と帰ってきている時に始まったんだ。僕らは、映画祭の活気と音楽に包まれて、信じられないほど機嫌がよかったんだ。それで、そのバスで旅をして、僕らの国のあちこちで映画を上映することに決めたんだ。僕らは資金集めのために一年間働き、それから4ヶ月間アルゼンチンの北部を旅した。インディアンの群落、廃墟となった村、いろんなところへ行ったよ。学校やクラブで映画を上映したり、サッカースタジアムでも一度上映したな。この頃は、僕の全ての力をこのプロジェクトに全力投球したよ。』と彼は思い出を語る。『このプロジェクトには、ヒッピー感覚があったんだよ。』

イグナシオ・マスロレンズ

『ノマドプロジェクトの中で覚えているひとつの作品は、30年前にトゥクマンの田舎で、俳優なしで撮影されたものだ。俳優たちは、アチェラルの村の住民達なんだ。数年前、僕らはその映画を、その村で上映したんだ。その俳優たちのほとんどはお年寄りになっていた。効果は奇妙なものだったよ、なぜなら彼らは若い頃の演技をしている自分たちを見ているんだ。その時代には斬新的な映画だったんだよ。』

私は、質問し続けた。そして、答えは、強くはっきりと返ってくる。イグナシオは自信をもってこう言う、『僕にとって、フィクションは完全に死んでいるんだ。映画の未来は、フィクションとドキュメンタリーの間の何か少しハイブリッドなものなんだ。』

イグナシオ・マスロレンズ

あなたは地図作製に特別な興味があるんですよね?それはなぜ?

—小さい頃から地図が大好きなんだよ。デザインと地図の色が大好きなんだ。地理的な興味ではないんだ、美的なものなんだよ。地図を作るのがすきなんだ。

それからナチョの新しい映画「パブロ・デカルとロサリオ湖の謎」について質問した。このインディ・ジョーンズのような映画はフィクション、アドベンチャー、危険、旅、ジャーナリズム、演出を全て混ぜたものだ、そしてそれ以上に、美しいアート作品だ。映画は、ナチョがよく知っている場所に近いアルゼンチン南部で撮影され、映画の中で私たちはその場所を知り理解することとなる。そして、音楽家パブロ・デカルは、パタゴニアの真ん中で失われた石を探す驚嘆すべき旅へと私たちを誘う。

イグナシオはこう言う、『アガスティン・メンディラハーズ(シナリオライター)はこの映画の中で良い仕事をしたよ。彼は天才だ、もう本当にヒーローなんだよ。このプロジェクトで僕の助けとなったもう一人の人物は、僕の父親なんだ。映画の中にも出演しているよ。』

イグナシオ・マスロレンズ

この映画は約30秒間真っ黒のスクリーンが流れる。これは、謎でおもしろいものだ。イグナシオはまるでキャンプでもしているように、かくれんぼをしている。彼の心臓と私たちの心臓が同時に、どこに隠れているかは関係なく、見つかるのを待っているようにドキドキする。

これが彼の詩的な部分の一部だ。彼の映画の中にでてくる猫と手袋のように、彼が創り出し、カメラを通して発見する物の形であったり、ビデオクリップに与えるリズムであったり、その冗談のようなシンプルさが彼自身と彼のアートをはっきりさせる。

イグナシオ・マスロレンズ

これからのプロジェクトについて教えてください。

パブロ・デカルを主役とした映画を作りたい。僕はスクリーンの中の彼が大好きだし、とても才能のある人物だと思う。また、ビデオクリップも作っているし、ローカルチャンネルのために、他のミュージシャンとのテレビ番組も撮り終えたところなんだ。これにはフィクションの語りも入っているよ。

映画作りにあたり、なにか限界はありますか?なんでも映画にできると思いますか?

自分のルールに背かないかぎり、なんでもできる。監督のハビアー・ダウテがそう言っていたよ。ルールというものに委ねているんだよ。それが限界だね。日本の映画監督、三池崇史は子供が泣いているのを絶対に撮影しないと言っていた。これが僕の言わんとしていることだよ。

イグナシオはただの映画制作者ではない。友達にでもなれるし、映画にでも連れて行ってくれるような男だ。だけど現実は、カメラの後ろにいる男なんだ。そのおかげで、この世界はよりよい場所なんだと私は確信する。

Ignacio Masllorens
altovolta@gmail.com
http://www.boladenieve.org.ar/?q=node/120
http://youtube.com/profile?user=ignaciomasllorens

Text: Gisella Lifchitz
Translation: Fumi Nakamura

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