拘束のドローイング 9

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マシュー・バーニーが学生だった頃に、フリークライミングを思わせる姿で絵を描き始めることから始まったシリーズ「拘束のドローイング」。初めて彼の作品を目にしたのは、グッゲンハイム美術館での初めてのソロエキシビジョン「クレマスター」だった。美術館を全体を舞台としたそのスケールに圧倒され、また、登場するキャラクターに魅了されながらモニターを見つめ続けていた。
本作、「拘束のドローイング9」は、アメリカでは「MoMA」と「IFC」でのプレミア上映を皮切りに全国を巡回している。鬼才マシュー・バーニーと、音楽を担当し実生活のパートナーでもあるビョーク。2人が織りなす空気は非常に話題性が高く、また様々な反応を見聞きする。



Matthew Barney / Drawing Restraint 9, 2005
Production Photograph © 2005 Matthew Barney
Photo: Chris Winget / Courtesy Gladstone Gallery, New York

捕鯨船「日新丸」へ、それぞれ小舟で乗船する男女の西洋人。船内の浴場で身を清め、神道の結婚式に模せた礼服に着替え、茶室でお茶を頂く。映画の始めから、どこか緊張感の張りつめた空間が広がっている。

贈り物を包装するシーンでは、無駄がなく手際良く包まれていく。とても滑らかな流れの中で、最後にはぎ取られるシール。1つの作業の終わりを告げると同時に、密封された間仕切り、他者を寄せ付けない結界に似た美を感じさせる間が一瞬にして現れるようであった。そして、それは他のシーンでも見ることが出来る。


Matthew Barney / Drawing Restraint 9, 2005
Production Photograph © 2005 Matthew Barney
Photo: Chris Winget / Courtesy Gladstone Gallery, New York

自分自身が日本人な為か、終始「捕鯨」ということのみに囚われて、それに対するマシュー・バーニーの意見を探していたが、後で、友人に毛皮を贅沢に使った衣装を思い出したときに、いっぺんに吹き飛んでしまった。決して実際に鯨の出てくるシーンはないが、確かに鯨をモーチフにしたものが至る所に出てくる。祭られたり遊び道具にと、形は様々。最後には大量のワセリンが流れ込む茶室のなかでマシュー・バーニーとビョークがお互いの下肢を包丁で切り合いながら、その肉を食べ合い、2人の姿は次第に鯨のようなかたちを帯びてくる。

ドロドロとした液体が鋳型に流し込まれて、固まって白いゲル状の物体になる。型枠を外されると、バランスを崩した物体は幾つもに分かれながら、再び形をかえる。


Matthew Barney / Drawing Restraint 9, 2005
Production Photograph © 2005 Matthew Barney
Photo: Chris Winget / Courtesy Gladstone Gallery, New York

自然と密着した人々の生活のシーンを幾つも重ね見ながら、1つの言葉に全てが集約されていく。捕鯨船「日新丸」自身も何度も形を変えながら、4代目になるという。自然の一部として、自らを謙虚に捉えて、存在の儚さを理解することで、得ることの出来る無常観「もののあわれ」が茶室の主人によって説かれる。

マシュー・バーニーは『自ら課した抵抗と創造の関係(The Relationship Between Self-Imposed Resistance And Creativity)』がこの映画の核となるテーマであると語っている。

茶室とは『四畳半。作ったものは次第に壊れ、だから変化することこそ永遠。無限の高さを追求した中世のカテドラルとは対照的に、千利休は空間をどんどん狭くすることによって、人間の知覚をこえたところに無限の大きさを作り出した。』という(JDNより)。そこに日本人の無常観、自然観を見付けることが出来る。また、同時にマシュー・バーニーを惹き付けたものを見ることができるのではないだろうか。漠然と慣れ親しんできたものを、彼の口に含んでもう一度改めて認識させられる、貴重な機会だった。

Text: Futakawa Yoshitaka
Photo: Chris Winget / Courtesy Gladstone Gallery, New York

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