東京デザイナーズ・ブロック 2004

HAPPENING

今回で5回目を迎える、東京デザイナーズブロック。アメーバのように増殖し拡がり続ける東京という街自体を会場として見立て、アートとは何か? デザインとは何か?と問い続けるこのフェスティバルの今回のテーマは「1968 Revolution」。

1968年という時代を現実に体験していないぼくにとってブックレットを読んだだけでは、このテーマとアート、デザインの結びつきが何をフェスティバルの中で意味しているのか分からない。フェスティバルに参加することで何か見えてくるのだろうか。


はじめに向かったのは、フェスティバル事務局も兼ねるイデーショップ。毎年メイン会場の一つになることもあって、通常営業に加え今年も何点かの展示が行われていた。

入り口には大きな、デモ隊と機動隊の衝突が写された写真が壁にプリントされ、その前には鉄パイプのような形状の棒と椅子を赤い布などで組み合わせたものが、バリケードのように設置されていた。映し出されていたイメージは多分、パリの五月革命での衝突の図であったが、日本でも学生運動や安保闘争が行われていた時代だ。1968年当時の世界が持っていた熱さは、世界共通だったのかもしれない。

3階のガラスの窓で区切られたスペースに展示されていたのは、グラフィックデザイン、映像、アニメーションなど独特なイメージの世界を60年代から表現し続けるアーチストの田名網敬一の作品。

ずっと最前線で活躍するアーチストで、今年のフェスティバルのテーマにはぴったりのアーチストだった。今回の展示は、ポスター中心のもので、空間はカラフルでポップでサイケデリックなグラフィックで埋め尽くされていた。60年代当時からこういった作品を生み続け、なおいまだに活躍し続けていることから、当時のカルチャーが生み出した熱が現在でも生き続けていることを感じた。
アートとはその時代性を正直に切り取ることだと一つの側面から定義したら、その時代しか生まれないものってあるだろうし、またそういった作品が持つパワーって大きいと感じてしまう。作品をみてもまさに60年代、70年代のアートのイメージにピッタリはまっちゃう。あの時代に正直に生きてきたんだなと、だからこそ今見ても古いとか新しいとかの概念を軽々と超えていく。
しかも、彼のイラストをフィギュア化したものがガラスケースの中に並んでいた。気持ち悪そうで可愛い、そしてどこか滑稽なフィギュアはミョーな風景を作り出していた。

建物中央のスペースに展示されていたのは、オーストラリアのデザイン・ユニット、ダイナソー・デザインの作品。こちらも田名網敬一とはまたちがった豊かな色彩感覚の、アクセサリーや食器、インテリアなど様々種類のホームウェアがスペース全体にディスプレイされていた。

他にも、イスラエルのデザイナー、タル・グールのどこか日本の侘び・さびの感覚にも似たディスプレイがほどこされた、プラスティック作品。マリー・クリスティーヌ・ドロネーのぐっと来る曲線を生かしたスツール。デフィーラの童話的空間などが各階、各スペースに展示されていた。

デザイナーズ・ブロックはここだけではない、都内各所がゲリラ的に会場となっているのだ。例えば、青山通り沿いの紀伊国屋跡地には、今回のイベントだけのために様々なブースやドームなどが設置されていた。

ここには、デザイナーズ・ブロックの野戦基地的なイメージがあった。レンタルバイクやカフェ、ホットスポットなどが設置され、ここを拠点にフェスティバルに参加できる機能を持ち合わせている。

ドームにはアブソルートの過去の広告ポスターが円形状に陳列され、カフェはジャージー・セイモアのデザインが施され、さらにスケートランプまで設置。

そして、アスクルのテントにはオフィスの新しい形をプレゼンしたショーケースが並べられ、事務用品に対する印象を一新させるディスプレイだった。事務用品とはどこかモノクロで地味なイメージを持っていたが、こんなに楽しく実用性のあるものなら毎日使用したいと感じた。

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