キム・スージャ展「コンディションズ・オブ・ヒューマニティ」

HAPPENINGText: Roberto Bagatti

『もし名前に姓も名もなく一つの単語であれば、男女、未婚/既婚、社会的、文化的、地理的なアイデンティティは見えなくなる』ー キム・スージャ

先週のミラノはおそらく今年1番の暑さであったと思う。今年は、涼しい夏になるかなと思っていたのもつかの間、例年と変わらず炎熱の夏になった。そして今の時期、日常的な生活が始まり忙しくなる9月まで、街は日を追うごとにゴーストタウンと化していく。

さて、そんなミラノからお届けするレポートは、現在、ミラノ現代アートパビリオン(PAC)にて開催中のキム・スージャの展覧会「コンディションズ・オブ・ヒューマニティ」。

まず、この展覧会で最初に現れるのは、チベットの修道士の歌声を発するジュークボックス「マンダラ」だ。マンダラはサンスクリット語で、円(ディスク)を意味する。これは様々な仏教の行いで宇宙を示す形態としてよく使われているが、黙想や瞑想を連想させる言葉でもある。スピーカーの周りには、それを囲むような装飾が施されている。


Kimsooja, Mandala, 2003

ひと昔前、トレンドのアイコンとしてポップミュージックを運んだジュークボックスを見れば、お気に入りのヒット曲を聞くためにコインを投げ入れていた時を思い出す人もいるだろう。そういう側面がこの作品の性質を説明している。誰でも分かるモノを使うことでそれを身近に感じさせる。“理解” するというより “感じる” 作品なのだ。典型的なアメリカのアイコンが、奥深い東洋的な美学の中で存在しているという点が非常に印象的だった。


Kimsooja, A Needle Woman, 1999 – 2001

次に目にしたのは、彼女の映像作品「ニードル・ウーマン」。これは、彼女自身が8つの都市(ニューデリー、ラゴス、カイロ、東京、上海、メキシコシティ、ロンドン、ニューヨーク)のストリートで、針のようにまったく動かずにいるという作品で、8つのスクリーンにそれぞれ映し出されている。

ストリートでは大勢の人々が、撮影されていることに気付かずに通り過ぎて行く。ジャン・マリー・ストローブとダニエル・ユイレの映画を思わせるような雰囲気で、それぞれの都市での人の波、渾沌の中でまっすぐ立つ自分を背後から撮影している。一度もカメラを動かさずに撮影されたこの映像を見ていると、私はつい自分自身の日常を見つめ直してしまう。

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