キムスージャ展

HAPPENING


もし名前に姓も名もなく1つの単語であれば、男女、未婚/既婚、社会的、文化的、地理的なアイデンティティは見えなくなる - キムスージャ

先週のミラノはおそらく今年1番の暑さであったと思う。今年は、涼しい夏になるかなと思っていたのもつかの間、例年と変わらず炎熱の夏になった。そして今の時期、日常的な生活が始まり忙しくなる9月まで、街は日を追うごとにゴーストタウンと化していく。

さてそんなミラノからお届けするレポートは、現在 PAC(コンテンポラリー・アート・パビリオン)にて開催中のキムスージャの展覧会「コンディションズ・オブ・ヒューマニティ」。

まず、この展覧会で最初に現れるのは、チベットの修道士の歌声を発するジュークボックス「マンダラ」だ。マンダラはサンスクリット語で、円(ディスク)を意味する。これは様々な仏教の行いで宇宙を示す形態としてよく使われているが、黙想や瞑想を連想させる言葉でもある。スピーカーの周りには、それを囲むような装飾が施されている。

ひと昔まえ、トレンドのアイコンとしてポップミュージックを運んだジュークボックスを見れば、お気に入りのヒット曲を聞くためにコインを投げ入れていた時を思い出す人もいるだろう。そういう側面がこの作品の性質を説明している。誰でも分かるモノを使うことでそれを身近に感じさせる。“理解”するというより“感じる”作品なのだ。典型的なアメリカのアイコンが、奥深い東洋的な美学の中で存在しているという点が非常に印象的だった。

次に目にしたのは、彼女の映像作品「ニードル・ウーマン」。これは、彼女自身が8つの都市(ニューデリー、ラゴス、カイロ、東京、上海、メキシコシティ、ロンドン、ニューヨーク)のストリートで、針のようにまったく動かずにいるという作品で、8つのスクリーンにそれぞれ映し出されている。ストリートでは大勢の人々が、撮影されていることに気付かずに通り過ぎて行く。ジャン・マリー・ストローブとダニエル・ユイレの映画を思わせるような雰囲気で、それぞれの都市での人の波、渾沌の中でまっすぐ立つ自分を背後から撮影している。一度もカメラを動かさずに撮影されたこの映像を見ていると、私はつい自分自身の日常を見つめ直してしまう。

象徴的なモチーフが丁寧に刺繍された、韓国の伝統的なファブリックを使用した作品も見られた。インスタレーションの「ランドリー・ウーマン2000」は、 その布が午後の暖かい太陽の光りが降り注ぐ、大きな窓のある部屋で、まるで洗濯物のように掛けられている。その様子はまるで、色彩が光のエネルギーを吸収し、それをまた色彩へと変化させているかのように見える。

これと似たコンセプトの映像作品「ランドリー・ウーマン/ヤムナ・リバー」では、葬式を終えたばかりの遺体が流れて行くのを見つめているキムスージャが映し出されている。流れて行く存在と動かない彼女。ここにもまた黙想という概念が感じられ、この概念はどの作品にも通じているように思える。
「ホームレス・ウーマン」では、キムスージャがストリートのまんなかで石のように動かずに横たわっているものだ。この作品はカイロとニューデリーで撮影されたのだが、カイロでは人々が周りに集まって来る様子が、ニューデリーでは誰も気にとめずに通り過ぎて行く様子が映しだされている。この土地では、人が倒れていても放っておくことが多いのだろう。

日常の生活を鋭く切り取る彼女の作品は、自らの日常について考えさせられてしまう、そんなアート作品だった。

キムスージャ「コンディションズ・オブ・ヒューマニティ」
会期:2004年9月19日まで
会場:PAC
住所:Via Palestro 14, Milan
http://www.kimsooja.com/

Text and Photos: Roberto Bagatti from Bacteria
Translation: Naoko Fukushi

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