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グレイブル・プレス

THINGSText: Reto Caduff

音楽やフラッシュアニメーションがふんだんに使われた情報メディアが、どんどん身の回りの環境に浸透している今。それを否定する気はないが、ローマン・アロンソや、リサ・アイズナー、ロレイン・ワイルドという、この時代においても美しい本を作ることに情熱を傾ける人物達を紹介したい。

この小さなパブリッシングチーム「グレイブル・プレス」は、美しい装丁で写真集をリリースしている。1999年に創刊して以来、グレイブルは、ファッションの分野においてカルト的な地位を築き、時代のスタイルを作りあげてきた。しかしながら、なかなかそういうものはお金になるものではないのでは?と思った読者もいるかもしれない。

彼らの本はリリースをするたび、約3000〜5000部くらいを販売できれば良いと考えているようだ。『買ってくれている人の半分は、みんな知り合いなんだけどね。』と、パブリッシャーの一人、ローマン・アロンソは、冗談っぽく話す。彼らは経費を最低限にするために、オフィスは持たず、それぞれの仕事を自宅でしている。


Lisa Eisner “Rodeo Girl” 2001

彼らの本を見てみると、ロサンゼルスの雰囲気というよりは、ボヘミアンなニューヨークにあるクリエイティブな夢の国という印象を受ける。実際にアイズナーとアロンソの2人はニューヨークで働いていたこともあり、そこで彼らはファッションデザイナーのアイザック・ミズラヒのもとで仕事をしていた。その後、ミズラヒが自身のブランドに幕をおろし、アイズナー(彼女は写真家として名前が知られていた)が、アロンソを説得してロサンゼルスへと移った。

『ロサンゼルスは、真っ白なキャンバスのような場所で、歴史的に見てもどんな人も自分を再発見できる土地です。そういう意味ではここは、存在に気付いてもらうのを待ちわびているストーリーや映像がぎっしり詰まった宝箱のような場所です。』とアロンソは話し、また、時代の文化精神をはかる物指しとしては、ニューヨークという街はそれほど重要な都市ではなくなってきたと語る。

グレイブルの3人のスタイルは、プロフェッショナルなパブリッシャーというより、地面を掘る考古学者。アロンソは、『私達はこの出版ビジネスの業界に知り合いはいません。』と肩をすくめながら話す。『一般的な、金銭的なビジネス面のこともきちんと考えている出版社は、ブラックパンサーのムーブメントや古いパパラッチの写真、R.クランブのような天才的なコミックイラストレーターを取り上げたりしないという事実が、私達にとってはとてもありがたいことです。』とアロンソは話す。

『私達は、自分達の作っているものの商業的な部分はまったく考えていません。もっと考えた方がよいのかもしれませんが、いったんプロジェクトを始めてしまうとそれは優先順位の上の方には来ないのです。』お互い広報関係、ファッション、写真の分野での経験があるアイズナーとアロンソは、ロサンゼルスですでにアートブックのデザイナーとして活動していたロレイン・ワイルドをメンバーに招いた。グレイブルの一番最初のリリースは、リサ・アイズナーによるアメリカンな「ロデオガール」の写真集だった。3人はこれでアートブックシーンに大きな衝撃を与え、現在のファッション界に、カウボーイのトレンドを生み出した。

マドンナはこの本を手にし、ウエスタン調をテーマにしたミュージックビデオを制作した。またマドンナをはじめ、トム・フォードやソフィア・コッポラのような有名人が、グレイブル・ファンであるという事実が、その売り上げに貢献しているというところもあるだろうが、しかしそれだけではないのは確かだ。

この本は主に、ニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、また日本でも販売されている。コレクターにとって嬉しいのは、発行部数が非常に限られているということと、増刷はほとんどされないというところだ。現在までに10 冊の本をリリースしたグレイブルは、巨大な出版業界では小さな存在ではあるが、コンテンツかその本のデザインかにクオリティが片寄っているものが多い中、その両方のクオリティが高く維持している。最も興味深く、クリエイティブで、インスピレーションを刺激する本がここにある。

Text: Reto Caduff
Translation: Naoko Fukushi
Photos: Courtesy of Greybull Press © the artist

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