リー・キット個展「僕らはもっと繊細だった。」
HAPPENINGText: Noriko Ishimizu
2018年9月16日から12月24日まで東京・品川の原美術館で、香港出身のアーティスト、リー・キットの個展「僕らはもっと繊細だった。」が開催されている。初期作品に布に絵具で格子柄などを描き、テーブルクロスやカーテンといった日用品としても機能する絵画があり、近年では絵画やドローイング、プロジェクターの光や映像、家具などを配置し、展示空間全体を淡い色調で仕上げるインスタレーションに力を入れ、欧米アジア各地で発表を続けている。2013年には、ウォール ストリート ジャーナル紙が、リー・キットのヴェネチアビエンナーレ香港館の展示を「必見の展示ベスト5」に挙げている。
原家の元私邸である原美術館での個展は、以前同館で開催されていた「ミヒャエル・ボレマンス」を見に訪れた際に、原美術館の建物や空間にも魅せられたという作家からの希望があり、実現したもの。展示される作品は、展覧会を開催する場合、その街やその場所の空気や感情に寄り添ったサイトスペシフィックな作品を創り上げるリーの新作インスタレーションとなる。
館内での展示が始まるまでの10日間の制作はリー一人で行なわれた。『朝一番に来て熱心に取り掛かるというよりは、11時から11時半ぐらいにゆっくり来て、6時半くらいでここを上がるという状況でした。』その間も歩きまわったり、ここの雰囲気を掴んだりしながら、作業が進められたという。この新作の展示の様子について紹介していこう。
今回の展示には数多くのプロジェクターが用いられている。ビデオ作品を映写するだけでなく、光を当てる光源として使われている場面も多い。入り口から入ると見える1階展示室の作品について、リーは以下のように説明している。
『この部屋にかかっている絵は台北ですでに仕上げて持ってきたものです。(今回の展示の)中にはリペイントしたものがありますが、この作品に関しては手を入れていません。そして、この絵にプロジェクターで当てている光は、まるで建築に呼応したような光の当て方になっているのですが、最初は真正面から当てていたんです。いかにもアート作品ですといった形でとても退屈だったので、ちょっとプロジェクターを蹴ってみました。蹴ったといっても蹴りつけたわけではなくて、足でちょいちょいと動かしてみたのですね。そうしたらこういった角度になって、ああこれはいいなあという風にしっくりきたのです』
このように時間をかけて空間と寄り添い、制作するスタイルを『すでにもういろいろなものが空気中に散らばっているすでに存在しているものをどういう風に表現するか、そういった要素を集める。あとは自分の感情的なものですね。そういったものがうまく溶け合った時に自分が透明になって消えるような瞬間があります。そこに至るプロセスだと思うのです』と説明している。
© Lee Kit, Courtesy the artist and ShugoArts
1階の次の展示室に移動すると、メインビジュアルに起用されたビデオ作品がある。字幕に詩的なテキストが流れていて、これは作家の目から見た「今の政治的な状況を語った」言葉だという。リーは自分の作品を「違う視点を提示することで、みんなに何かを想起させる呼び起こすトリガー」と表現する。そして自分の作品を通して思うことは、見るものそれぞれで異なる。その状況が「それぞれ違う政治的立場にいること」を表しているのだという。
この展示室にしばらくいると、このビデオ作品と他の映像作品といった、作品同士の関係性が少しずつ見えてくる。壁やプラスチックケースに反射させた光と光の関連や、絵画と映像作品と窓から見える外の風景のコンポジション。枯山水をはじめとする日本の引き算の美にも通じるような空間の使い方も含めて、展示室がひとつの絵画となっている。
© Lee Kit, Courtesy the artist and ShugoArts 撮影:武藤滋生
さらに2階の奥の部屋に入ると、天井が低く音が反響する原美術館の構造を逆手に取った展示がある。扇風機とプロジェクターの音が作品を構成する要素となっている。この展示について、リーはこう話す。
『私たちはあえて口にしない、というか語らない、語りたくても語れない感情というものがあります。自分の大好きな家族がいて生活がうまくいっているとしても、何か口にできないような感情です。それがある時、川辺であったり、犬の吠える声を聞いた時であったり、自分の中で『ああ、私の思いを語っている感じがする』と感じる、うまく表現できていると思う音に出会う瞬間があります。そんな私が自分で感じるリアルな瞬間をこの部屋では再現してみたかったんです』
さて、日本の美術館では初となるリー・キットの個展は、半透明のスクリーンを下ろした窓からの自然光も展示の重要な要素となっている。そのため作品は、天候や見る時間帯によっても見え方が変わる。リーは自分について「コンセプトのない、アイディアのないアーティスト」と表現していたが、「あるがままに身を任せてこの場を生かして楽しむ」姿勢で作品制作をする、謙虚なリーならでは言葉といえよう。この繊細な展示は、鑑賞者となって空間に身を任せなければ味わえない。足を運び、心の機微に寄り添う作品と向き合ってみてほしい。
リー・キット「僕らはもっと繊細だった。」
会期:2018年9月16日(日)〜12月24日(月)
開館時間:11:00〜17:00(水曜日は20:00まで)
休館日:月曜日、9月18日、25日、10月9日(※10月8日、12月24日は開館)
会場:原美術館
住所:東京都品川区北品川4-7-25
TEL:03-3445-0651
料金:一般 1100円、大高生 700円、小中生 500円
https://www.haramuseum.or.jp
Text: Noriko Ishimizu
Photos: Shigeo Muto, © Lee Kit, Courtesy the artist and ShugoArts