スズキユウリ展「フィジカル・バリュー・オブ・サウンド」
「ギターを弾くなら、電子アコースティックギターがいい」「電子辞書は手書き入力が付いていないとイヤ」「通勤の電車の中、iPhoneで産經新聞を読むのが日課です」「カメラはライカのデジタルがいい」。ロンドンを拠点にプロダクト、インタラクティブデザイン、音楽などの分野で活躍をみせるプロダクトデザイナー、スズキユウリの作品は、そんなデジタルとアナログの狭間を漂う人の心をくすぐって止まない。
© Yuri Suzuki, Courtesy of CLEAR GALLERY
「デジタルとアナログ」と簡単に言ってしまったが、実はこの2つの間には深くて長い溝があるのかもしれない。「新聞は絶対に紙で読む」という人もいるし、「音楽は全部 iTunesストアで済ませてしまう」という人もいる。無論、デジタルとアナログのどちらが良い悪いということではない。ただ、最近はあまりにもデジタル優位の社会へと変化してしまい、社会全体がアナログというものを遠い昔の遺産にしようとしている気はしないだろうか?
こんな時代に、スズキユウリはデジタルとアナログに橋をかける。デジタルだけどアナログ。複雑だけど直感的。冷たいけれど暖かい。そしてデータと具象。そこに何があるのか?機械的だけど柔らかみのあるこの感触は?それを考えた時、デザインの答えがまた一つ解けていく。それは、アナログ独特の明確なメカニズムとプロダクトに盛り込まれた遊び心、すなわちスズキユウリが表現する『シンプリシティ』だ。
Sound Chaser 2008, Technical collaboration with Yaroslav Tencer. © Yuri Suzuki, Courtesy of CLEAR GALLERY
「サウンド・チェイサー」と呼ばれるこの作品は、自由に組み合わせることができるレコードのレールの上を、黄色い車が走ることで新しい音楽を作り出すというもの。観客は、自分で好きなピースを好きな形に繋げ、その上を走るポップカラーの筐体が奏でる奇妙な音にしばし耳を傾ける。いたってシンプルな造りであるが、「今度は別のピースを繋げてみよう」「脱線しそうだから針を調べてみよう」といった試行錯誤を続けているうちに、自分の思い通りの作品がまた一つ完成する喜びがある。シンプルなアナログでしか味わえない暖かく可愛いモノに触れる感触が、音のもつフィジカルな側面の存在を呼び覚ます。
Prepared Turntable 2008 © Yuri Suzuki, Courtesy of CLEAR GALLERY
「PREPARED TURNTABLE」と呼ばれるこの作品では、5本のアームがターンテーブルの上で1枚のレコードと擦れ合う。一見複雑そうに見えるこの作品だが、こちらも仕組みはいたってシンプル。しかし、そのシンプルさゆえ、観客はそのテーブルに自分自身が作用し、親しみ、奏でる音を「単なる空気中の音」としてではなく「具体的な存在としての音」として捕えることができる。そこに”生”を感じることができるのだ。
モノが多様化し複雑化する。だからといって人間が変わる訳ではない。デザインも同じである。それならいっそシンプルに、引き算してみてはいかがだろう?そうすれば、モノの本質/中身をもっと味わうことができるかもしれない。そして彼みたいにデジタルともアナログとも仲良く生きられるかもしれない。
スズキユウリ展「Physical Value of Sound」
会期:2009年3月6日(金)〜5月16日(土)
時間:11:00〜19:00(日・月・祝日休)
会場:クリアギャラリー
住所:東京都渋谷区渋谷4-2-5 プレイス青山
TEL:03-5485-8461
https://www.cleargallery.jp
Text: Tatsuhiko Akutsu
Photos: Courtesy of CLEAR GALLERY © Yuri Suzuki