ジェレミー・デラー「アイ・ラブ・メランコリー」展

HAPPENINGText: Aya Muto

普段の生活のなかでふと立ち止まって二つの相反する要素の交錯を試みたことはあるだろうか。それは明らかに意識の自然な流れに逆らう行為であり、何か切っ掛けが無ければあえてすることのない、する必要のない行為のように思える。2000年代も2年目に突入し、21世紀という響きにも何となく慣れが滲んできた一月のある日、ロサンゼルスの小さなギャラリーでその逆流を喚起する個展が開かれた。その人は、ジェレミー・デラー、イギリスのポップアート界の寵児である。会場となったロー・ギャラリーは、日本にもパートナーを持つギャラリーで(過去には荒木経惟、ホンマタカシ展など)コンセプチュアル・アートを中心に展開。道路に面した二つのユニット(なぜか間には眼鏡屋が)を占拠し、ひっそりと疑問符を排出するスペースだ。

1966年にロンドンで生まれたデラーは、イギリスの階級文化を見つめて育った。そしてそこに幸せなスキマを見い出すことに成功した。ポップ・アーティストを名乗るには、楽観主義とニヒリズムの矛盾を持ち合わせることが必須のように思われる。部屋の隅でほくそ笑んでいるその感じ。
デラーは、身軽に素材、ジャンルを超えて二つの反するベクトルを人々の鼻先に突き出す。しかもさり気ない日常表現やコミュニケーション方法にまぎらわせるため気づかない人は気づかない。その曖昧さこそが彼の作品に一貫したテーマであると言えるのかも知れない。

こんなカチコチな表現ですっかり興醒めしてしまった人も既にいると思うが、こんな文章をコンピューターに向かって打っているのもこの個展に足を運んだからと、ここに白状しておこう。日常生活のルーティーンに踊らされ、何だかんだ忙しくしていると立ち止まることを忘れてしまいがち。なにかから「ちょっと待って」というシグナルを受信することは、実に非日常の経験だったりする。さて、そろそろタネ明かしにかかろうか。

メインスペースには過去の代表作品3点が展示。右利きの私は、右の壁からはじめたので反時計周りに説明しよう。真っ白い壁に貼られた「I ♥ Joyriding」というステッカーと、それがバンパーに貼られた写真。そしてよーく眼を凝らして見るとそれがパトカーのバンパーであることに気づく。英語で「Joyriding」という表現は車を盗みさんざん乗り回した後、もとの場所に戻すという軽犯罪行為(?)を指すようだ。デラー自身の手で貼られたこのステッカー。もうお分かりだと思うが、このステッカーをパトカーにこっそり貼って回るという行為がアートなのである。

二点目は突き当たりの壁に小さなスライドショーが展開されている。ベテラン・デー(毎年11月第2月曜日)に毎年デス・バレー(死の谷)で行われる「アメリカ万歳!」的な愛国主義一色のパレードの様子だ。「で?」と考え込んでいると部屋に音楽が流れていることに気づく。これまた60年代のイギリス・ラウンジ魂むき出しのキンクス。特に、9.11事件で国旗がひときわ強いシンボルとなっている時だけに、この二つの要素がかもし出す不調和音は、最高級。特にこのパレードは、砂漠のど真ん中の風景だけに大都市の洗練された懐疑が全く感じられない。カシャッ、カシャッと単調にリズムを打つ小さなスライドプロジェクターまで確信犯のように見えてくる。

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