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ジョン・バルデッサリ回顧展

HAPPENINGText: Victor Moreno

アートとは何か?アメリカ人アーティスト、ジョン・バルデッサリ(1931〜2020年)は、カルフォルニア、サンディアゴ郊外の彼の故郷、ナショナルシティで1960年代から疑問を持ち始めた。アートは何になり得るのかという再考察や芸術的規範への挑戦をする彼の考え方は、しばしばユーモアや皮肉の傾向を含むコンセプチュアルアートの主体を導いた。この間、ニューヨークはアートマーケットの、ロサンゼルスはより実験的なアートの中心地であった。

ストックホルム近代美術館で開催された彼の回顧展は、1960年代初頭の絵画からビデオアート、そして中心的なテーマとしての画像とテキストの組み合わせの探求に至るまで、彼のキャリア全体に及んでいる。実のところ、バルデッサリは、フォトグラフィックな画像や主題を記述した方が、具象絵画よりも彼の芸術的意図をよりよく表現できることに早くから気づいた。彼の作品は、画像(やテキスト)を組み合わせたり、構図の規則に挑戦的になったりすることで、より知られるようになった。本展のキュレーター、マチルダ・オロフ・オルスは、ジョン・バルデッサリがこの時代で最も影響力があり、革新的なアーティストの一人だと信じている。『バルデッサリはこの展覧会が開催されている間に88歳でこの世を去った。彼とこの展覧会を共有できないことは信じ難い悲しみであるが、それと同時に、近代美術館で彼の作品を展示できたことは少なくとも信じられないくらい幸せなことである』と彼女は述べている。


John Baldessari, I Am Making Art, 1971 © The Estate of John Baldessari. Courtesy the Estate of John Baldessari and Marian Goodman Gallery, New York / Electronic Arts Intermix (EAI)

展示に足を踏み入れて最初に目にするものは、バルデッサリが「I Am Making Art」(私はアートを作っている)という文章をループで繰り返しながら、絶え間ない主張のおしゃべりに合わせ、振り付けた動きをしているテレビ画面である。だれが、アートを作る権利を持っているのか?
彼は様々な方法でこのフレーズを強調し、「アートを作る」ことの曖昧さについての考えを高めている。

ニューヨークがアートマーケットの中心であった当時、バルデッサリが西海岸で制作していたという事実は、アーティストに制作するための孤立した世界を創り出し、より大きな自由と実験の余地を提供した。バルデッサリは「アートレス・アート」という用語を作り出した。それは、アートの一般的なルールに挑戦する「影響を受けない」または「手に負えない」といったタイプのアートの意味を含めている。バルデッサリは、「私の目標は常に、見ることの慣習を攻撃することであり、世界の歪みを見ることである」と彼自身の制作姿勢を定義づけている。


John Baldessari, Drummer (With Choices) © The Estate of John Baldessari. Courtesy the Estate of John Baldessari and Marian Goodman Gallery, New York.

彼は、同じ構図下で要素を組み合わせることで、特定の画像やものよりも、むしろ構成要素の相互作用に関心を抱いている。これは、アートの歴史やポピュラーカルチャーの要素を含む日常の生活に興味があることによるものである。さらに画像を使用し組み合わせるこの探求の中で、バルデッサリは、彼のより重要な作品の一つである、丸いカラーのステッカーやペインティングで写真の中のキャラクターの顔を被せることに熱中した。1990年代、バルデッサリの作品の中で、色がより重要で独立した部分を占め始めた。彼は、顔を覆うこれらの丸いドットを各色が特定の感情や状態を表現する色分けの形式だとして説明した。「(慎重な)ドラマー」は、ドラマーが出し得る音を悔い改める可能性があるという作品である。


John Baldessari, Pinky’s Jewelry, 725. E. 8th Street, National City, Calif., 1996 © The Estate of John Baldessari. Courtesy the Estate of John Baldessari and Marian Goodman Gallery, New York.

1960年代、バルデッサリは片手でハンドルを握り、もう片方でカメラを持ち、車から彼の地元の写真を収めた。そして、彼は、写真の下に住所を書き込んだ。テキストと写真は同じことを語っているが、同じ物事を理解する上で2つの異なる方法を提示している。1996年、バルデッサリは、地元であるナショナルシティに戻り、以前と同じようにランダムな写真を今回はカラーで撮った。これは、バルデッサリを有名にした作品ではないように思われるが、30年後、彼がこれらの画像を記録したという事実はその画像に異なる広がりを与えている。

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