アウトを言い渡されたアート ー社会に切り込むアーティストたち。アートを前進させるには。

HAPPENINGText: Yoko Akiyoshi

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岡本光博「NS#284 日式石燈籠再建」2005, 日本統治時代の神社に使われた遺石ほか, 橋頭神社境内跡地(台湾、高雄)

岡本:台湾で神社復元プロジェクトを2005年から2006年にかけて行いました。台湾で大騒ぎになり、最初で最後であって欲しいですが、殺害予告もされました。滞在先のアーティストインレジデンスの周辺に神社の跡地があるというので探しに行くと、コーヒーショップのテラス席で「おまえの座っているこの石がそうだ」と。「なんというバチあたりな」、神道に思い入れもあるので「なんとかせな」と思いました。地元の生き字引である陳さんに相談しました。「キレる」のではと心配でしたが、涙目で「あなたを待っていた」と言われました。その後、陳さんが色々な人と会わせてくれて、2ヶ月かけてリサーチし神社復元プロジェクトをたてました。

実際にあった場所に復元しようと、灯籠とか手水舎の位置も調べました。しかし、プロジェクトが予想外に大問題になり、日本統治時代を良しとしない人達から激しく抵抗され、そうこうしているうちに殺害予告まであり、レジデンスのほかのアーティストも動揺し始めました。ちょっと過剰反応だとは思いましたが、ぴりぴりしてきてこれは辛いなあと。地元説明会を何度も開いてもらい、陳さんという土地の重鎮のおかげで「(神社が)ランドヒストリーとしてあってもいい」という話に落ち着き、予算もつきました。結局、台湾の高雄県直轄のプロジェクトになりました。後に復元した神社前に立派な説明板も立てられました。不細工なのでちょっとひっかかりますが、今では地元が小学校の教材にしていると聞いてうれしく思います。

作田:議論を読んだけど、地元の人が引き継いで自分達のモノとなっているんですね。岡本さんの台湾、チン↑ポムの広島での作品は、いずれも公共空間でやっていますね。他はどうでしょう。

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Chim↑Pom「レベル7 feat. 明日の神話」2011, © Chim↑Pom, Photo: Kei Miyajima, Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

稲岡:「レベル7feat. 明日の神話」という作品は、原発事故直後で何もできなくて、「何か作品にするくらいならまず瓦礫を片付けろ」という雰囲気の中で行ったプロジェクトでした。自分もそうゆう気持ちがもちろんありましたが、でもグループのいいとろというか、個人を超えてチン↑ポムがやれる事、ほとぼりが冷めてからではなく、その瞬間にできることをやっておかなきゃとなりました。そこで配慮したのは、絶対に岡本太郎作品を傷つけないことです。岡本太郎作品「明日の神話」は深いテーマがあるはずなのに通りがかる人達は完全にスルー。みんな何も意識せず、渋谷の町の背景になってしまっている。ものすごく大事な問題をあれだけの規模でやった作品は他にはないから、自分達も岡本太郎的な目線でできるのはないかと思いました。

作田:展示したけど撤去されてしまった体験について話してください。チン↑ポムは、いわくがついた作品を集めて展覧会「耐え難きを耐え↑忍び難きを忍ぶ」をしていますね。岡本さんは「バッタもん」の事件についてお願いします。

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岡本光博「バッタもん」2007, 高級ブランド生地を縫製したもの

岡本:まず「バッタもん」というカタカナとひらがなの表記は、ドラえもんみたいに可愛くしたろと思い自分が作りました。それが一般化し、気がついたらウィキペディアでもこの表記になっていて「おい著作権はおれやぞ」と。

「バッタもん」という作品を神戸ファッション美術館で展示したあと、LV社からメールでお手紙をいただきました。“ファッションポリス”と言われるくらい調査しているらしいです。お手紙によると、私は「自称美術家」で「一週間以内に回答しなさい、さもなくば訴えますよ」と。まるで先生ですよね。また、「バッタもん」をフェイクと訳しているとすれば、ミス・トランスレーションというか翻訳の誤解もあると思いました。もともと「バッタもん」という言葉に偽物の意味はありません。しかし、正直びびりました。一個人なので裁判されたら破産するのはわかってたので、作田さんにも相談しました。弁護士を紹介してくれましたが、既にナニモノかが学芸員室に乗り込んでカタログなどを持ち去ったあとでした。その後、京都芸術センターで発表の機会を頂けたので、作品「モトグラム」と合わせて展示しました。日本の家紋を参考にしてLV社がモノグラムを作ったのはLVも認めているところですから。

LV社は私の「バッタもん」を強制的に撤去しておきながら、その後何百という昆虫のなかから自社のバッタを作りました。私のイメージを払拭したかったのでしょうが、いっそのこと、もっといいものを作ってくれたらいいのに逆行も甚だしいと思いました。もちろん、そのLV社製のバッタのイメージも展示しました。

作田:岡本さんはこの展示で単なる出品アーティストではなく、共同キュレーションの立場でもあったわけですよね。

岡本:クレームは来るだろうと想定していました。対応できるように(展示品を覆う)ブラックボックスを用意していました。

作田:しかし、LV社以外の作品もあったのに、美術館にやってきたナニモノかがカタログなど持ち去ってしまった。展覧会のチラシ・ポスターやウェブサイトに使われていたメインビジュアルの中心に大きくバッタもんを使っていたのに、事件のあとにわざわざそれを抜いたビジュアルを作り直して差し替え、印刷物やウェブサイトを作り直した。そこまでして「なかったことにしてしまいたい」ということに違和感がありました。その後、岡本さんは自分のスペースで展示をしてますね。

岡本:LV社がケチをつけた作品を集めてやろうと思い始めたら結構ありました。LV社はアートをサポートしている印象もありますが、判断基準が見えない。アプロプリエーション系である村上隆さん、リチャード・プリンスなどの作家をサポートしているのに、なんで僕のはだめやねんと。

作田:そうですね、あの撤去は誰のどのような力学が働いたのか説明されていない点も多く、そのせいもあって暴力的という印象が残りました。チン↑ポムはどうですか。

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