ヒルマ・アフ・クリント展

HAPPENINGText: Kiyohide Hayashi

ベルリンにあるハンブルガーバンホフ現代美術館にて一人のアーティストに焦点を当てた展覧会が開催された。そこで展示されているのはスウェーデン出身の女性画家ヒルマ・アフ・クリント。今回の展示は彼女が描いた絵画など主要作品を見せる回顧展となっている。ベルリンを代表する美術館での彼女の展示は多くの注目を集め、訪れた人々を驚かせることになった。今回はそんな驚きをもたらした彼女の展覧会を紹介することにしたい。

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© Stiftelsen Hilma af Klints Verk, Photo: David von Becker

おそらく多くの人がヒルマ・アフ・クリントの名前を本展で知っただろう。19世紀半ばに生まれた一世紀以上前のアーティストであり、その名前は歴史の片隅に埋もれていたからだ。本展のタイトル「抽象絵画の先駆者」にあるように、彼女は抽象絵画を描き始めた最初の一人と言われている。だがその抽象絵画を一般に公開することは無かった。そればかりか死後20年経つまで作品を公開しないように遺言を残している。そして革新的な絵画は人目に触れることは無く人々に気付かれぬままとなっていた。このような忘れられたアーティストの再発見ともいえる展示は、現代美術作品を展示する美術館で開催されている。一体なぜ過去のアーティストがこの場所で取り上げられたのだろうか。それは探るためにも簡単に彼女の人生を紹介していくことにしよう。

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© Stiftelsen Hilma af Klints Verk, Photo: Moderna Museet / Albin Dahlström

1862年スウェーデンのストックホルムに生まれたヒルマ・アフ・クリント。彼女は1882年から87年までの間、王立美術アカデミーで美術を学んでいる。正当な美術教育を受けた彼女だが、作品に影響を及ぼしたのは美術教育ではなく神秘主義だった。それはアカデミーに入る前から始まっている。彼女にとって最初の神秘主義との関わりは「交霊会」と呼ばれるものだった。時が経つにつれて更に興味は深まり、30代の半ばには4人の女友達と「De Fem」というグループを作り、神秘主義へと没入するようになる。そこで行われていたのは無意識のうちに何かを描き書き出すこと。つまり、自らの意識とは関係の無い別の意識や存在を導き出そうとしていた。そして風景画や植物などを描いていた彼女は、神秘主義の影響を作品の中に表すようになっていく。

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© Stiftelsen Hilma af Klints Verk, Photo: Moderna Museet / Albin Dahlström

彼女は霊的な存在との関わりを重ねていくうちに、そのメッセージを伝えるために超感覚的な絵画を描くことを決意する。それは1906年、ヒルマ・アフ・クリントが40代半ばに差し掛かるころだった。そしてアカデミーで学んだものを捨て去り、新しい作品を作り始めた。そこではキャンバス上に文字や幾何学的な形態が登場するようになる。円形の形態が繰り返されて出来上がる螺旋の形。象徴的に使われる青色や黄色といった色。他の色との交わりによって生まれる色の変化や色相。画面上に描かれたのは見慣れた現実の風景や対象などではない。普段見ることが不可能な霊的存在やそのメッセージがシンボルとなってキャンバスを埋め尽くす。こうしてヒルマ・アフ・クリントは物質世界からの離脱と精神世界への没入を通して抽象絵画を生み出すようになっていく。

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