
世界中の首都と「第2の都市」がクリエイティブの中心として認めてもらおうと躍起になっている中、ウィーンにはそれを期待できるとても重要な資源がひとつある。ヨーロッパの中心部に位置する、そのオーストリアの首都は、文化的可能性を秘めた、その地理的ポジションと密接なつながりがあるのをとてもよく強調している。非常にロジカルに、そして、ウィーンフェアのオーガナイザーらは、どちらかというと控えめなこのアートフェアーにコレクターが訪れてくれるよう、その短い歴史の中で(2009年は開催5回目にあたる)中東欧の国々に目を向けた。不況からくる不安や、過去数年に渡るこれまでに、アート市場に流れてきたビックリするほどの大金をつぎ込むことに気が進まないという結果以外は、2009年の全体的な雰囲気は良かったようだ。この新しい空気が、このような比較的小さなアートフェアにとっては、若い地元の才能が国際的に公に紹介される場所として、むしろ好都合なのかもしれない。結局のところ、アート世界から集められた最新作品は、まだ”手頃な”作品を作っている新星のアーティストのために多くのスペースを必要とするだろう。そして、ウィーンフェアは、裕福な一般コレクターだけに届けられるものではなく、どちらかというと、膨らみの小さなお財布を持ったたまにアート作品を買うバイヤーが手ぶらで帰ることがない、例えば写真集など手頃な作品が揃っている場所だ。

Svenja Deininger, exhibition view Galerie Martin Janda, 2009, © Martin Janda gallery
トータルで122あるギャラリーの展示を見ても明らかなように、その内の29の展示からはウィーンフェアが中東欧の地域にフォーカスしていることがわかる。それは、コレクターにとっても、ジャーナリストにとっても難しい課題である。何はともあれ、アーティストのポジションや、ギャラリーセレクションの概要の中でも触れる価値のあるものに、ウィーンを拠点としている「マーティン・ヤンダ・ギャラリー」がある。このギャラリーは、すでに確立しているアーティスト、ローマン・シグネールの作品と、新顔のスベニア・ダイヒンガーを並べて展示していた。

Nick Oberthaler courtesy of Layr Wuestenhagen Contemporary © Gregor Titze
「Layr Wuestenhagen Contemporary」もまた、新しいローカルシーンから確かな才能を選んだ。Nick Oberthalerは1〜2ヶ月前にそのギャラリーで展覧会をすでに行っていて、フェアでは全ての壁を与えられ、観客を引き寄せたようだ。
Lukas Pusch at Konzett Contemporary © Daniel Kalt
「コンゼット」もウィーンにあるギャラリー兼アートディーラー。その現代アートセクションでは、クリスチャン・アイゼンバーガー による非常に驚くべきヴォルペルティンガー風のミニチュアテーブルや、若手オーストリア人アーティストルーカス・プッシュのペインティングを展示。モスクワで学んだプッシュの作品からは、その国の文化へより近い感情を抱いていることは明らかだ。それは、新しいロシアの富を精巧なカリカチュアで表現したものだ。
Gerold Tagwerker at Grita Insam © Daniel Kalt
Gerald Tagwerkerのアーバンアート・スタディの例は、パーテーションで区切られた「グリッタ・インザム・ギャラリー」のスペースに世論を求めたが、いくつかのインスタレーションは、DIYと互換性のある、とても”アルテ・ポーヴェラ”(原文では"arte" "povera"。イタリア語で「貧しい芸術」の意)なものとして分類されただけだった。こういうのもなんだが、ムードを破壊する不況のこの時代に、頼りたくなるような元気のあるようなものは必要ないのだ。
AES+F at Knoll gallery © Daniel Kalt
ウィーンとブダペストにもオープンしている、「ノール・ギャラリー」では真のロシアのアートを見ることができた。販売に出されていたAES+Fコレクティブによる2つのライトボックスの、スタイリッシュな衣装を着た病期診断された死体からは”メメント・モリ(死を想え)”といったような、昔のものを懐かしむバロック調なノスタルジアを感じる。

David Cerný, Krištof Kintera, Tomáš Pospíšil, Viktor Frešo Entropa, 2009, mixed media, courtesy of Kressling Gallery, Bratislava © David Cerný
東欧の面白いギャラリーには、セルビアの「ニュー・モーメント・アイデアズ」、チェコ共和国の「ハント・カストナー・アートワークス 」、ポーランドの「ギャレリア・ピェス」やスロバキアの「Kressling」などがある。「Kressling」は、かなりスキャンダルな作品を展示している。例えばダヴィッド・チェルニーの作品「Entropa」は、チェコ共和国が今年始めにEU議長国を引き継いだ時、ブリュッセルで大きな騒動を引き起こしたそうだ。

Stano Masar, On the Edge © Stano Masar
あまり目立たなかったのは、ソロバキアの「Priestor」による展示だ。そこでは、 Stano Masárの白いねずみの人形がギャラリースペースに広がり、比喩的な都市パラサイトの一群を具現化していた。面白かったのが(「Widauer」から出展の)Anna Jermolaewa 。彼女も映像作品「Der Weg nach oben」(頂点への道)の構成要素に研究用のねずみをセレクトした。社会における、ある種のプロセスについての新しい見解を引き起こす、現在の世界的な状況に確実に何かがあるのだろう…。
ウィーンフェアの会場の外では「curated by」というタイトルの大きなアートイベントが開催された。これは「departure」という組織により企画されたもので、その組織は、自治体の文化指針で重要な役割を果たしている。「departure」の掲げる目的は、工業デザイナー、建築家、ファッションレーベルなど、クリエイティブな業界の起業家をサポートすることで、ウィーンを芸術やアート市場を超えた効率的なクリエイティブなメトロポリスへと変えていくというものだ。「curated by」の全体的なクオリティに少なからず疑いがあるが、ほんの小さなファインアートプロジェクトが「departure」の公表した目的とどう和解するのか理解するのは難しい。(有名なイニシアチブが今年の初めにパリ・ベルリンで開催したのが、ギャラリスト達が都市を交換して、その交換した先でキュレーションし、その交換した都市のアートスペースを使って行った展覧会プロジェクトの)最近かなり人気のあるコンセプトについては、国際的に有名なキュレーターが「departure」により招待され、18カ所のウィーンのギャラリーで4つのグループ展が実現した。Jérôme Sans、María de Corral、Dan Cameron、Matthew HiggsやGianni Jetzerは、彼らのベストを尽くし、常に刺激を求めるカルチャー中毒な人々を楽しませた。ある人はこの大きな疑いようもなく費用のかかった努力が、すこしやり過ぎてないかどうか尋ねてみたくなるだろう。しかし、多くの質問で楽しみが奪われるのはんどうだろうかと思う。
しかしもちろん、「curated by」は、ウィーンフェアの期間だけ注目するアートイベントではない。アート好きな人々を招きたくなるような小規模なアートセンターや使われてないスペースがかなりの数あるのだ。素敵なサプライズとしてあるのが、Chicks on Speedがパフォーマンス「Power Tools」でウィーンの新しいBawag Contemporary(絶対に見ておいたほうが良い場所)というアートスペースを揺り動かしたのだ。見るのがいつも楽しくなるような女の子たちの集まりが、彼女たちのこれまでの安っぽくて、初期の下品なベルリンスタイルを取り戻していく。今ではとてもよく知られた美学だけれど、明らかにそれはまだ街で流行っていて、その街はドイツの首都のように、楽しくアートっぽい街になろうとして一生懸命にがんばっている。
Text: Daniel Kalt from AUSTRIANFASHION.NET is also author of the blog ParisVienne.
Translation: Mariko Takei