ニュー・タレント・コンテスト

HAPPENING


「ニュー・タレント・コンテスト」という、若手デザイナーを対象にしたコンテストがある。昨年の9月、ブエノスアイレスで行われた、ファッションウィークで開催されたコンテストだが、そこでは4名のデザイナーが優勝者として選ばれた。それから約3ヶ月。彼らのこれまでの経験、プロジェクト、ローカルシーンへの進出に対する影響について、話を伺うことができた。

Helga Diaz: modern baroque style

昨年は、ローカルシーンでもかなり波がある1年だった。しかし、若手デザイナーのクリエイティブなスピリットは、予想を越える結果をもたらした。経済的な理由で材料も制限されてしまう現実。しかし、持ち前の忍耐強さが、まるでプロのアーティストが作ったかのようなデザインを生み出した。どのアーティストにとっても、もっともっと美しいものを作る、というのは、共通のゴールなのだ。

どこにもないものを作り出す。それがどのデザイナーにとってもスタート地点だ。「それが必要だな、と思った時点ですべてが始まる」というのは、ヘルガ・ディアス。「買い物に出かけても、欲しいなって思うものは何もないの」。デザインに対する彼女のテイストは、すでに執念とも言えるもの。細部にまで上品さにこだわった、パーフェクトで動きがある洋服が彼女が求めるものだ。「みんなが嫌うものを探し出すことから制作をスタートするのが私流」と、彼女は誇らし気に言う。マリアーノ・トレドをアシスタントに活動する彼女は、ブエノスアイレスではここ最近有名なデザイナーにまで成長した。「オーダーメイドの服特有の優雅さからは、学ぶことがたくさんあった。私の作品は、かなりクラフト感のあるもの。どんなに細かい箇所も、自分で手をかけています。」

ブエノスアイレス・ファッション・ウィーク(BAF WEEK) で紹介された彼女の作品は、まさにその言葉通り。「14世紀の女性のコスチュームから、インスプレーションを受けました。その当時の優勢的な形(コルセットを基本とした)と、フレキシブ性をもたらす生地などの組み合わせが、この作品のアイディアです。」そう言う彼女の作品で使われているレースや刺繍は、肌の色やしっとりとしたバラの色に近いものばかり。「ヌードというビジョンと、ピュアな女性の体を組み合わせてみたかった。」と、ヘルガはコメントする。今回このコンテストで優勝した4名の内、自身のブランドを持っているのは彼女のみ。これは、前回優勝を果たしたローラ・フェルナンデスに続くものだ。

そのブランドの名前は「NANDEZKLAN」。ブエノスアイレスの中ではファッションの街とされる、PALERMO VIEJOにある人気のショップ「SALSIPUEDES」で扱われているブランドだ。誰もが自分だけの会社を作りたい、という女の子の思いを形にしたのがこのブランド。モダンでアンティークな作品が特徴。「情熱が私たちにエネルギーを与えます。だから私たちは眠らない。もし眠ったとしても、夢の中でさえもデザインをしてしまう。デザインは常に私たちの気持ちの中にあるのです。」そう言ってヘルガは、もの作りへの自分へ課せられた責任について語ってくれた。彼女はこれからも、作り続けるのだ。

Oscar Cantero: between fashion and music

「僕は仕事人間なんだ。いつもデザインが頭からはなれない。」と言ったのは、オスカー・カンテロ。彼は、このコンテストで優勝した、初の男性だ。ヒップホップとタンゴ。その2つの音楽の類似性が、彼の作品では表現されている。70年代の映画に出てくるような、アフリカ系アメリカ人のギャングスター、40年代や50年代のジャズ・ミュージシャン、タンゴダンスのペティテロ、あるいはかっこよく服を着こなすグアポ。そんなキャラクターが、彼の作品では表現されている。「ヒップホップの起源も、タンゴのそれとすごく似ていて、両方とも貧しい階級の人たちから生まれたもの。そしてカルチャー的にはすごく影響力なものになった。ヒップホップのグラフィティは、タンゴの衣装で使われるレースのようなもの。どちらも特有の言語を持ち、それがヒップホップならスラング。タンゴではランファルドなんだ。」

自らのマークを、デザインの上にプリントするのがオスカ−流。そんなくずしが効いた彼のスタイルと、ゆったり感がある服が、仕立てられた服との調和を生み出している。「すべて僕の色だけに染めたくなかった。ポケットをちょっとだけ大きくしてみたかっただけ。」

BAF WEEKについては「デザイナーだけではなく、モデルの歩き方とか、ステージデザインとかも個性的なこのファッションショーは、ブエノスアイレスでも興味深いイベントだと思う。コップをステージに向けて投げちゃっても、ここではOKなんだから」と、語る。

地元のファッションシーンでは、自らがフェアを開催し、そこで作品を販売するのが新しいブーム。彼もその波に乗っている一人である。今ではアルゼンチンのティーン・アイドルグループの担当デザイナーにまで成長した。

賭けにはリスクがつきもの。しかしオスカーの見解は「みんなが白を選べば僕も白。だけど僕の場合、何かを変えるために白を選ぶんだ」というものだ。子供の頃に彼が興味を持っていたのは、オルタナティブなカルチャー。それは今の彼のデザインでも見い出すことができるし、彼の制作への姿勢からも伺えるものだ。

「僕達は作品を制作するために、自分が持つウィット感をもっとシャープにする必要がある。」そう言う彼は、夏が始まる前に既に冬のコレクションを用意している、というスタイルをとっている。

作品にペイントし、更に何かを描き、染色を行う。そうしながら自らのスタイルを探し出しているのが、ガブリエラ・ヴァレラである。
現在もアパレルショップで働く彼女。実家に帰る日と、オーナーが処分を下す服を待ちわびるのが毎日の日課だ。

彼女の作品に大きな影響を及ぼしているのが「ジョドウ」という中国のラブストーリー。「50年代のクリーニング屋さんのお話で、私が一番好きなのが服を干す場面。それから中国の文化についていろいろと調べ始めて、チャイナ服特有の簡素性に気付いたの。体を包み込むような服で、ファスナーもボタンもない。私はシンプルな服のほうが好きだから、すぐにチャイナ服にのめりこんだわ。」

自分の作品が広く紹介されたことが、今だに信じられないというガブリエラ。「BAFに出たことで、私の自尊心が高められたし、そのお陰で自分のキャリアを積んでいこう、という気になれた」と語る。
普段でも着ることができる服を作り、それを発表し、売り、いろいろな人から影響を受け、そこから新しい出発点を見い出す。それこそ、人と人をつなげる作品を作り出す方法なのだ。

「コンテストの時、私の作品は会場にいた人々に受け入れられたんだ、と感じました。BAF WEEKが終わった後のみんなからの反響は、それはすごいものでした」と語るのは、マリナ・カサス。マリナは疲れを知らない、エネルギーに満ちた女性。落ち着きながらも喜びに満ちた顔で、時には両手を大きく動かしながら、これまでの経験について話してくれた。

彼女は何対しても、細部に至るまで調べあげるのが好きである。それは「ヨージ・ヤマモトのショーに行った時に、日本スタイルのパーティーにも参加しました。日本についての本も買い、日本食も食べた。そこでは、日本の文化を擬似体験しました。」という話からもコメントからも伺える。

作品の制作でも、宗教やそれがもつ類型論学について調べ、女性というものを形作っていく。「人間のコントラストを表現したかった。私たちは皆人間。善し悪しがあるように、白と黒、それを表したかった。」

リサイクルされたもの、オックスフォードスタイル、デニム、レース、日本などに興味がある彼女。日々その制作は続いている。

他の3人と同様、彼女も彼女を取り巻く状況についてはよく理解している。どのデザイナーにとっても、インスピレーションを感じるまで光らせるのは自らのセンスのみ。ローラ・フェルナンデズがかつて、このような言葉を残した「デザイナーによって感動するポイントもいろいろです。だからこそ、どんな作品だって作ることができる。インスピレーションは時には空を跳ぶ蝶にだってなるのです。」

New Talent Contest
日時:2002年9月3日
会場:Rural Society, Buenos Aires.
www.bafweek.com

Text and Photos: Gisella Natalia Lifchitz
Translation: Sachiko Kurashina

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