ドクメンタ 11

HAPPENING


「私たちは経済の世界的規模化を目撃しているのだろうか?絶対そうだ。では、政治戦略の世界的規模化は?これもそうに違いない。でも、政治上の道義心の宇宙的規模化はどうだろうか?これに関しては、ノーとしか言い様がない。」(1979年、ミシェル・フーコー)

これは、ホミ・K・バーバー(ハーバード、ケンブリッジ、マサチューセッツ大学の英・アフリカ文学とアフリカ学の教授)が、プラットフォーム1でのスピーチで用いた引用である。ドクメンタ11にとっては、倫理的な背景幕であり、文化的な開幕でもあった。

今回で11回目を数えるドクメンタ。世界中の現代アートの中でも最も重要なエキシビジョンの一つでもあり、ドイツのカッセルで2002年6月8日から9月15日まで開催される。今回キュレーターに選ばれたのは、オクウィ・エンヴェゾーだ。5年毎に開催されるドクメンタは、戦後のドイツで象徴的に発足され、その当時からかなりの成長を遂げて来た。前回のドクメンタは1997年。 キャサリン・デイビットが中心となって運営された。彼女は、この1月からウィッテ・デ・ウィズ・イン・ロッテルダムのディレクターである。これが発表されたのは、実際に無視することのできない自主的な作品よりもマルチな規律上のアプローチのためだけではなく、たいてい「秘儀的な」芸術上の表現として表される西洋のものではないテリトリー的な現実にある強い興味のためでもある。「フューチャー・プレゼント・パスト」という過酷なタイトルとともに、ベニス・ビエナーレとゲルマーノ・セラントが、完璧に西洋そのものである世界に焦点をおいたのが、その例と言えよう。


Okwui Enwezor, Artistic Director of Documenta11 © Werner Maschmann, Documenta11

ニューヨーク、ロンドン、シカゴ、カッセルを飛び回っているキュレーターのオクウィ・エンヴェゾーは、 1963年にナイジェリアで生まれた。人種的少数民俗を支持する社会的、政治的委託を調査するアートと、現代アフリカン・アートに興味をおいた 1997年のヨハネスブルグ・ビエナーレを成功に導いたとして有名である。マルチな文化的、そして多分野に渡るアプローチが吉と出たのだろう。ドキュメンタ開催の6月までの時間は、人々のこのイベントに対する認知度を高めることと、現代カルチャーのテンションを更に明白なものにするために使われる。エンヴェゾーには、このイベントの成功の為の倫理的な売り込みが、もう既に出来上がっているのだ。ドクメンタ11は、ブラットフォーム5に相応するのだが、中心になるテーマと、ウィーン、ベルリン、ニュー・デリー、セント・ルシア、ラゴスなどの都市と共に、4本各々のプラットフォームは計画されている。そしてこれらは、会議、シンポジウム、討論会、セミナー、朗読会、本と映画のプレゼンテーション、最終的に結集され出版されるアクトの為に利用されるのである。

プラットフォーム1は、ウィーンと世界のカルチャーの家・イン・ベルリンとして使われる。「民主主義の知られざる顔」というテーマの下に5日間に渡って会議も開催される。インド人の祖先を持つホミ・K・バーバーは、スピーカーの一人でもある。昨年の9月にアメリカで起こった惨事後に話し合われ再考された、現代の民主主義のもろさ、自分では気付いていない犠牲者、21世紀の世界規模的プロセスにおける矛盾と可能な修正についてディスカッションを持つ予定である。彼は、この事件、死を黙示するイメージと、ニューヨークの破壊、「私たちの世界への道徳的な宇宙からのエイリアン」として意義される憤怒と恐怖体験、そして、根本的な原理で見受けられる民主主義の失敗の認識においての人類と歴史的影響の為の速急な対応が必要だと考えているのだ。同様に、今日に至っても永存されていると彼が感じている、開催されるイベントへの過った解釈と共に発生する、危険な失敗等の民俗主義と様々な種の原理主義の増大に対応が必要とされる。


Okwui Enwezor at the Platform 1 conference, during the speech by Bhabha

不健康的なくずれは、犠牲者と死刑執行人は文明化、あるいは他の形でどうになかってしまった世界へと移されるという2つの文明の狭間で生じているものという自民族中心主義のビジョンを恩啓するという事実の解釈に注目しているバーバー。CNNは、このイベントを善と悪の狭間の極性化を作り、2つの文明の顔を作ることでまかなった。西洋と東洋の摩擦などの難解な政治的状況を解釈する為に、彼が行ったことは、最終的にはテロリストとして同じ政治を行うことで損害を与える可能性があり危険な戦略なのだ。たとえ神や情勢の名においてそれを遂行しても、テロリズムは文化の違いを表現するものであり、計画された政治的な法令、アメリカにだけではなくテロリストの独裁で支配されている国に住む人々への危険性でもあるのだ。バーバーは、今回のミーティングを私たちのアイディアを忘れ、そして、人民の自由と人権、義務と責任の認識によってインスパイアーされた世界的な社会としてのビジョンを固定できるようにするという希望を発表して終わらすつもりだ。

したがって、現代的な問題についてのプラットフォームの考えは、指導者と経済学者、ライター、哲学者、文学ギュアーズ、フィルム・エキスパート、政治化学者、ノーベル賞受賞者など幅広いジャンルからの著名人が「クレオリティとクレオライゼーション」や「真実での経験」などのテーマを研究するということだ。世界的規模化の時期においての文化の統合のダイナミックさにフォーカスを当て、最近のイベントの評論的な概要製作のエンウェゾーの助けをするだけではなく、キュレーターの結果的なチョイスをより分かりやすいものにするのだ。


Okwui Enwezor, Artistic Director of Documenta11 and the Co-Curators (left to right) Mark Nash, Okwui Enwezor, Carlos Basualdo, Octavio Zaya, Ute Meta Bauer, Susanne Ghez, Sarat Maharaj. © Werner Maschmann, Documenta11

オクウィ・エンヴェゾーは、これらのピンダリック・フライトで孤立しているという訳ではない。共同キュレーターチームのカルロス・バスアルド、スザンヌ・ゲズ、サラット・マハラジ、ユーテ・メタ・バウアー、オクタヴィオ・ザヤ、マーク・ナッシュと苦楽を共にし、くじであたったようなチケットで行ったアーティストのスタジオやプライベートギャラリーを見て回った旅にも同行した。特に、制度上のアポイントメントについて全く明らかにしていないイタリアのアート・シーンにとって、カッセルへの招待がどれほど価値があるものかについて再認識する必要など何処にもない。しかし、この6月前までに、あるいはもっと重要な6月にする為に、選出された100作品のオフィシャルリストを制作するのは無理に近いようなのだ。

私たちが好奇心を満たす為にできることといえば、地元の新聞に目を通したり、イベント・プレス・オフィスによると、決して正確とは言い難い関連した雑誌で見つけることのできるにせの出版物リストをあたってみることだ。したがって古いドキュメンタのスタイルにおけるあやふやな雰囲気は、前回、ヨーロッパのアート・ギャラリー協会連盟は、キャサリン・デイビットに対してセレクション・オフィスの設置の遅れとプライベート・ギャラリー設立の難しさを主張した。

5年毎に開催されるドクメンタだが、その5年の間にもたくさんの事が起こるものである。オクウィ・エンヴェゾーは、アイデンティティーのコンセプト、文化的形質転換と移項に関しては敏感である。これは世界的なビジョンでのエキシビジョンの可能性と全体として世界が考えられる必要性を約束している。保証できるクォリティーは、特定の連続性だけではなく、将来を見据えたプロジェクトなのだ。グッド・ラック!

Documenta 11
会場:Veranstaltungs-GmbH
住所:Friedrichsplatz 18 D-34117 Kassel Germany
TEL;+49-(0)561-70 72 70
info@documenta.de
http://www.documenta.de

Text: Ilaria Ventriglia from Domusweb
Translation: Sachiko Kurashina

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