デヴィッド・シルヴィアン

PEOPLE

デヴィッド・シルヴィアン。映画「戦場のメリークリスマス」のサウンドトラックに収録されている坂本龍一による曲「禁じられた色彩」は、あまりにも有名だろう。また20代後半から上の世代では、元JAPANのシンガーとして彼のことを知っている人も多いかもしれない。
彼はおそらく、この時代における最も優れたソングライターの一人であることはみなさんがご存じだと思う。
先日発表されたばかりの新作フルアルバム「Dead bees on a cake」に至るまでの5年の沈黙。 運良くパリで取材することができた。


あなたは実に完璧主義者で(レコーディングがいつまでも終わらないので)レコーディング途中で所属レコード会社がレコーディングを終了させてしまうという話しを聞きますが、この噂は本当ですか?

私が完璧主義者?(笑)そうですね!それもかなりの。少なくとも周りが私にそう言うので、自分でも本当だと思うようになりました。
過去に起こった事は、レコーディングの為の基本的な予算が尽きてしまう前に、私が多分完成に値するものを作り終えていたという事です。あの時は私がベストの物を時間内に作らなければならなかったのです。
常に私は、最終的にリリースするという意図を持ってアルバムを作ってはいません。例えば、「Secret of the beehive」などには公表されなかった中心となる作品があります。決して時間内に完成することは無かったのです。時々作品を別の方法で作り直す必要があると感じることがあります。私に言わせればそれは未完成な物なのです。それを完成する機会はありません。100パーセント完成したと思える作品を発表するのはかなり難しいことであると痛感するのです。でもその事が作品の生命そのものを高める事になるのです。「Secret of the beehive」が私の最も強烈なアルバムで、最もパーソナルなアルバムだと思っている人達、そして私が非常に激しい考え方をしていると思っている人達がいることを知っています。それは「Secret of the beehive」などに表れてますが、それは私個人の意図では無いのです。先程も言った様に、中枢を成すポイントは失われてしまうので、そのアルバムを私が最初に意図したように作り直したい気になるのです。
私が取り組んでいる他のプロジェクトについて言えることは、それらがある程度未完成なものであるという事が分かったという点です。それは多分、私がやりたかったリミックスなのだと思います。私はどの曲にも満足していませんでした。しかしそれにもかかわらず、常に、私が「Dead bees on a cake」でやったような結末を通してそのプロジェクトを見ることが出来ればいいと思っています。時間はかかりましたが、財政面での束縛はありませんでした。自分が満足するまでやり続けることが出来たのです。

作品が完成しているのではと、あなたにアドバイスすることが出来る人はいますか?

誰もいません。自分自身で決断を下すのです。

「Secret of the beehive」は 見つかりましたか? それは死なのでしょうか?

私が思うに、私にとってそれは社会学的な現象なのだと思います。賑やかな場所にいるイラク人、といったように、精神的な点から、政治的にもより多くの事を考えていたのだと思います。私にとってただそれが魅力があり、何とかしてその時作っていた作品を発表したいというのがコンセプトでした。私が個人的に見つけようとしていた物では無かったのです。それは皆さん自身の人生の中に確かにある物で、そして皆、誰か、何か、そして何らかの神を認めることが出来るのです。皆、自分の人生を信仰の対象として、ゴールを呈するものとして解釈したいと願っているのです。そのことが私が自分の人生の中にそれを適応させようとしている方法なのです。

死の概念とは何ですか?「Secret of the beehive」後の「Dead bees on a cake」で 発見した真実とは?何かを再構築したり、人生における知識を高めるといったように死を解釈するためのポジティブな方法なのでしょうか?

ニューアルバムでは「Bee」に対する考え方は変化しています。しばらくの間そのタイトルを用いて来ましたが、レコーディングの段階が終了する迄はその本当の意味を理解してはいなかったのです。このアルバムは愛、信仰そして神聖という題材を扱っています。明白にではなくそれらを反映するタイトルを探していました。教義的な物にしたく無かったのです。そのアルバムのタイトルが、私にとってある意味間接的にそれらの題材を表していることに気付きました。「Bee」は イーグルを表し、「Cake」は欲望の対象を表す様になったのです。欲望の対象を混ぜ合わす物がイーグルなのです。この事は、精神的な方面でよく語られている概念です。多くのテキストの中に究極のゴールとして、イーグルからの解放として発見する事が出来るでしょう。それが私に示され始めたものなのです。

詩には重要な役割は込められているのですか? 詩と作曲、どちらに重点を置いていますか?

どちらも平等に重要です。一方が他方の代わりになる事はありません。その2つを分けて考えることはしたくないのです。

自分の感情を反映させるような詩を書くのは簡単な事なのでしょうか?

詩を書くのは難しいことではありません。落ち着いて、ただ書きたい事を書くのは簡単です。難しいのは、生み出す側と聴く側が何らかの形で共鳴し合えるような音楽作品を書く事です。それは難しい部分です。しかし、音楽と作品はタイミングが合った時には容易に相対的になる様です。詩を書く段階というのは、その過程が多分最も楽しく、全く自然に生まれて来る傾向があります。

あなたの曲は時代を超越した音楽だと思いますか? 最近のトレンドや音楽産業のうわべだけの面には関心がなく、5年前もおそらく10年後も変わらない様に思うのですが。

難しいですね。実際、このアルバムを5年前、10年前に作る事が出来たかと言われれば、答えはノーです。理由は題材となる物の違いです。経験によって題材も変わってきます。私は、個々が何らかの方法でそれぞれの人生に取り入れる事が出来る様な音楽を作ろうとしています。言い換えると、このアルバムは自伝的なものであるけれども、皆にこのアルバムを聴いてこの自伝を見て欲しいとは思っていないのです。ポイントは、個々がそれぞれの人生の中にこの作品を取り入れる事の出来る範囲に作品を公表しようとしているという事です。その点では作品はそのもの自体が生命を持ち、そういった意味で毎回新しい生命を誰かに与えるのです。その事が時代を超越させているのでしょう。もし人々が時を超えて何度もその作品に触れ、作品に新しい生命を吹き込んでくれるとしたならば。私達はインスパイアされたやり方でアプローチをしなければならないのです。受け身の行動ではありません。私の作品を時代を超越したものにするパワーを持っているのです。

あなたの音楽的な歩みは、音楽的な出会いに満ちていると思います。最も重要だった出会いとは何ですか?

どの出会いも確固とした性質を持っています。幾つかの出会いは時代と共に成長し熟成します。1979年に坂本龍一に出会った時は、20年後にも一緒に仕事をしているとは想像も出来ませんでした。私達は時代を超え、一貫して共に仕事をしています。未来へ繋がるパートナーシップを感じます。私達のコラボレーションは時を超えて熟成し、進化し続けるのです。

ホルガー・シューカイという人物について教えて下さい。

ホルガーは親しい友人です。彼と仕事をする事により、多くの事を得ています。作品を通して即興の概念に触れました。ホルガーと共に働いていた時に、その領域が私にとって意味深いものになりました。その理由は、それが彼が何年も続けて来た領域であり、彼自身のプロジェクトであったからです。彼の作詞やレコーディングに対する即興方法というものが私にとってとても魅力的なものになり、ただ一緒にやって来たプロジェクトにではなく、結果として生まれた「レイン・トゥリー・クロウ」というプロジェクトに影響を与えたのです。今もそれは私の作品に、影響を与えています。それがホルガーと仕事をする事によって私が得た主な経験です。

プラスチックアート(造形芸術)に関与されていますよね。ラッセル・ミルズと共に展示会を開いていたのを覚えています。彼は、彼にとっての最初の音楽的な経験を、あなたがコラボレートした「Time Recording」で実感した事と思います。この事がミュージシャンとプラスチシティ(造形芸術家)に、サウンドとピクチャーを結びつける機会を与える自然なプロセスであると思いますか?

ええ、クロスオーバーする為には極めて自然な事だと思います。一種の挑戦です。ラッセルはミュージシャンとして仕事をするという挑戦を発見したと確信しています。彼は本当はミュージシャンでは無いですが、自分自身の為というコンセプトで制作しました。私自身のビジュアルアートに対する考えと同じです。突然、予定してなかった展示会をやるように依頼されたとします。インスタレーションを創造する機会を与えられたら、後戻りは出来ないでしょう。すごく良い機会だからです。私にとっては全く未知の領域なのです。のんびりと仕事することが出来るという点で、音楽をやるのは本当に好きです。やり残したアイデア、プロジェクトが本当に沢山あります。ある意味では、私が音楽でやりたいと思っている全ての事を完成させるには、十分な時間が無いのです。誰かに、明日来て展示をやってくれと言われたら、私は断らないでしょう。私にとってそれは素晴らしい挑戦なのです。ビジュアルアートをやるのは本当に楽しいです。私自身のボキャブラリーを創造し発展させる為の挑戦なのです。ラッセルも音楽で私と同じ事をやっていると思います。

最新アルバムの中の「Praise」という曲に女性の声が入っていますね。宗教的な歌のように思えるのですが?

そうです。サンスクリットについて歌った歌です。神聖なるマザーの3つの面を賛美した歌です。シンガーはインドの聖なる女性、シュリ・マーです。彼女について何か説明しましょうか?

ええ、是非お願いします。

彼女はインドで生まれ、早い段階で現世の全ての物から離れ、彼女自身を神に捧げる為にインドの森に入って行ったのです。一定期間ヒマラヤに住み、神への献身により聖なる女性、シュリ・マーとなりました。1994年に渡米し、とても謙虚な生活をしていました。今もそうですが。 1997年に彼女は初のアメリカ縦断を計画し、40人もの人達と共に私の家に滞在し、私の家を礼拝所に改造してしまったのです。彼女は毎朝歌を歌いました。彼女の声は私の家を通して共鳴し、それは壮大なものでした。素晴らしい感動でした。家の中にスタジオがあって、彼女は声を録音する事を許可してくれました。私達にとって非常に重要なドキュメントとなるものを記録することが出来たのです。出来上がった作品を毎日繰り返し何度も聴く事は、いつしか私達の習慣の一部になっていました。それで結局シュリ・マーをゴールの例として、その部分をアルバムに収録するのが当然の事に感じたのです。彼女は純粋に神への献身という透明感で歌う事が出来る人です。彼女の声はこのアルバムの頂点となっています。

彼女の声を入れた事が私たちへの贈り物であると感じていますか?

神からの贈り物です。彼女は自分自身を万人に与えるのです。それは恩寵です。

このオリエンタルな神秘主義から何を発見しましたか?

私にとってのポイントは、毎日の生活における戒めを見つけ出す事でした。前から仏教、特に禅仏教にとても興味がありました。その事は私の習慣の中に表れています。師匠と呼べる人がいたことが一度も無かったので、私は自分一人で習得してきました。そのため習慣というものはとてもドライで、最終的に私の生活を潤すという事は無かったのです。イングリット(イングリット・シャヴェイズ、デヴィッドの妻)に出会った時、私達は一種の協定を結びました。共に自分達の生活面を探求して行くという協定です。私達の共通のゴールでした。お互い、別の師匠と呼べるような人を探し始め、そのことが私達に戒めを与えてくれ、誰かがコンスタントに習慣をインスパイアするのです。 また、習慣の一部には、 今回のアルバムでも言われている Surrender (身をゆだねる)という概念も含まれています。身をゆだねるという事は一息ごとに確認、そして再確認するために必要な事なのです。それで、その事が瞑想、意志、意識の行動となるのです。意識を維持するという意味です。ヒンズー教の悟りでもあります。私は自分の事を仏教徒ともヒンズー教徒とも思ってはいませんが、私の習慣はそのどちらの側面も悟っているのです。

最新アルバムのカバーデザインについてもう少し詳しく教えて下さい。レイアウトに細心の注意を払っていると伺いましたが。

日本人のアーティスト、藤原新也によるエッチングです。彼は「レイン・トゥリー・クロウ」のアルバムカバーの写真を担当した人物です。日本ではフォトグラファー、エッセイスト、評論家として有名ですが、彼はとても素晴らしいビジュアルアーティストでもあります。今回のカバーの為にオリジナル作品を制作してくれました。とても美しいカバーになっています。ラッセル・ミルズがそれをデザインし、ユーコと私がディレクションしました。写真はアントン・コービンによるもので、ゴールドにプリントされています。

あなたのチームですね!

そうですね、私のチームです。(笑)友人達と一緒に作り出したものは全て、とても美しいものになっています。ラブリーなカバーにとても満足しています。


Dead bees on a cake
発売日:1999年3月30日
発売:Virgin
英国版;CD: CVD2876
日本版:CD: VJCP-68012

Interview and Text: Anthony Augendre
Photo: Ingrid Chavez
Translation: Mayumi Kaneko

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