ジャ・ジャンクー

PEOPLEText: Emma Chi

ジャ・ジャンクー(賈樟柯)の新作ドキュメンタリー映画「海上传奇(海の伝説)」が、7月2日から公開される。上海の3つの異なる場所でのインタビューを通じて近代中国の変遷を辿る本作。画家、チェン・ダンチンに始まり、作家・カーレーサーのハン・ハンに至るまで、18人の個人的な体験や記憶を通じて上海がくぐり抜けてきた革命、戦争、事件、そして愛を浮き彫りにする。

ジャ・ジャンクー
《海上传奇》(2010),撮影風景

山西省汾陽に生まれた映画監督ジャ・ジャンクーは、1997年に北京電影学院を卒業。1995年に映画監督としてのキャリアをスタートさせた。初の長編作品「一瞬の夢」は、フランスの映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」で『これまでの中国映画の常識を覆し、中国映画界の勢いを復活させる作品』と高く評された。その後彼は「プラットホーム」「青の稲妻」「世界」「長江哀歌」と数々の名作を世に送り出してきた。

上海といえばモダンでスタイリッシュな印象を与える都市ですが、なぜこの作品ではそういった側面を排したのですか?

上海のモダンな印象と言うのは、例えば浦東新区や高層ビル群など、主に視覚的なものです。さらに、テレビ番組や広告、映画などで見る上海は、そうしたほんのひとつのイメージしか我々に与えてくれません。私はそうでない部分を表現したかったのです。普通の人々が暮らしを営むひとつの街として捉えようとしました。この映画には伝説的な人々が登場します。その中で最も歴史ある人物は1916年に生まれました。彼やその家族は、沢山の歴史的事件の目撃者なのです。

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《海上传奇》(2010)

女優、チャオ・タオを起用した経緯をお話していただけますか?

今回の作品では、彼女が占める割合はあまり多くありません。万博を控え、上海は目まぐるしく変化していました。私はその変化を記録したかったのです。実は、私は彼女に何を語らせるべきか分かりませんでした。ただ上海という街を歩いて欲しかったのです。彼女が街全体の印象を感じ、最終的にそれが彼女の内に影響を与える。そしてそのことが、過去に生きた人々、未来の人々のことを表現する術となるからです。チャオ・タオと私は、暗黙のうちに理解し合い、共に作品を作りました。この作品には脚本がありません。他の女優は私にこう言いました。『あなたがどうしたいのか、私にはわかりません。あなたがまず演じてみてください!』そうした困難を経て、私は自分がよく知っている人を起用することにしたのです。チャオ・タオは私を信じることができるのです。

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《海上传奇》(2010),撮影風景

この作品のエンディングに、なぜライトレールのシーンを用いたのですか?

ライトレールに乗っていると、現在の上海の暮らしによく似ていると感じます。街の空中を走るライトレール、その車両の中にぎゅうぎゅうに押し込められている人々の姿はとても疲れて見えます。複雑に入り乱れる情報の中、私は上海という街に曖昧な結末を与えようとしました。このように巨大化した都市、あるいはその未来に対して、悲しいと一言で片付けることはできません。この街はもっと複雑な存在なのです。

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