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半野喜弘

PEOPLEText: Sumie Okada

電子音楽から映画音楽、オーケストラ作品まで幅広い創作活動を世界規模で実践し、独自のスタンスと視点で音楽を描く孤高の音楽家、半野喜弘。RADIQ a.k.a. Yoshihiro HANNOとしてのライブパフォーマンスや、アジア映画の巨匠、ホウ・シャオシェン監督作品「フラワーズ・オブ・シャンハイ」、ジャ・ジャンクー監督作品「プラットホーム」など、映画音楽家としての国際的評価も高い。現在、パリと東京を拠点に、よりワールドワイドな活動を展開中の半野氏にお話を伺った。

半野喜弘

まず初めに、半野さんの音楽的バックグランドを聞かせてください。またキャリアをスタートしたのは、エレクトロニックミュージックから?それとも他のジャンルからでしょうか?

元はジャズっぽいバンドをやっていました、その後ラッパーとしてレコード会社と契約し、その数年後、エレクトロニック・ミュージックをプロデュースする方向にシフトしました。

「RADIQ」のコンセプトやキャリアを教えてください。

2003年位から始めたと思いますが、忘れました。映画音楽など、RADIQとしての制作を全くやらない事もあるので、やりたい時にやっている感じです。
半野喜弘の名義では長い間、ブラックミュージックと距離をおいていました。しかし、ある時期に自分のルーツにある60〜70年代のブラックミュージックの熱量を、現代の感覚のなかに投影する事に興味を感じ始めたのです。ルーツを感じさせる未来の音楽とでも言えばいいかな。そういうイメージです。ただ、新しいと呼ばれるだけの形態は時間と共に簡単に風化するので興味はないのです。時代に媚びるのではなく、時代を拡げる創作がしたいですね。

RADIQ_3.jpg

始めた当時、半野さん自身やシーンはどのような状況でしたか?

時々の流行が自分に合う合わないはありますが、常にシーンは活発ですよ。シーンはあまり気にしてないですね。自分が良いと思う事をやるだけ。それ以外ないですね。

日本を離れて、パリに移住を決意した理由は何でしょう?

ヨーロッパでの活動や暮らしに興味があった事。好きな女性がパリに住んでいた事。シンプルですよ。

その当時一番影響を受けたものは何ですか?そして今日影響を受けているものは?音楽でも、人生におけるで出来事でも、出会った人でも。

異文化がすぐ横に存在してるという感覚ですね。これは島国の日本人には鮮烈でした。言葉も違う。好みも違う。意見も違う。でも、おなじ場所に普通にいる。世界の縮図なんだなって、思いましたね。
今も様々な事から影響は受けます。最近は、死を意識して物事を考えるようになりましたね。老いなのかもしれない。

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