ルーカス・バデキ・バルコ

PEOPLEText: Vicente Gutierrez

ルーカス・バデキ・バルコは、1996年に彼の会社であるニーハイメディアの創業以来、日本発のインターナショナルなメディアを制作し続けている。その会社の最初のプロジェクトは、カルチャー・マガジン「TOKION」(トキオン)だ。ルーカスはパートナーと共に創刊し、2002年にその名前を売却するまで編集に携わった。
後にルーカスは、彼の進化する趣向を反映させた「TOKION」の“トラベラー”バージョンとして「ペーパースカイ」を発表。また、ルーカスは生活と創造性に関するキッズ向けの年2回のマガジン「マンモス」を発行。 過去に、ルーカスは「メトロミニッツ」の編集長を務めたが、これは、当時初となる地下鉄構内にて配布された“フリーペーパー”で、“フリーペーパー”の先駆けとなった。同時に、いとうせいこう氏と共に「この惑星における植物との生活」というコンセプトを展開する雑誌「プランティド」のクリエイティブ兼エディトリアルディレクターを務めた。
出版だけではなく、ルーカスはニーハイメディア傘下のクリエイティブ・エージェンシー「ニーハイクリエイティブ」でもクリエイティブリーダーとして組織を牽引している。そんな忙しい日々を送っているルーカスBB(友好的に皆にこう呼ばれている)だが、流動的な出版界について彼の見解をシフトに語ってくれた。

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「TOKION」はあなたの初めてのマガジンでしたが、出版の経緯を教えてください。また、TOKIONを始めた当時、ライフスタイルはどうでしたか?

西東京の自宅で「TOKION」を始めました。その当時僕は、井の頭線の線路のすぐ隣の小さい6畳のアパートに住んでいました。中学生の頃からいつも雑誌と新聞を作っていたので、印刷の方法など、どうしたらいいかなど本当に知っていたんですよね。実際には「TOKION」を創刊する前、雑誌に関して一種情熱を失っていましたが、日本に来たことで非常に奮い立たせられ、日本がどんなに興味深く、魅力的で、クリエイティブで、クレイジーな場所であるか(いい意味で!)、他の国々に示したかったのです。 「TOKION」のコンセプトは、ストリートレベルでの日本の芸術、ファッション、文化、および音楽を世界に発信することでした。というのも1996年は、日本がちょうど本当に新しくて新鮮な面を見せていた頃でもありました。

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TOKIONの後、について教えてください。

2002年に「TOKION」を売却後、僕は共に成長することができる雑誌を作りたかったのです。「TOKION」はユースカルチャーマガジンでしたし、その頃30歳になってたので、時期的に大人として次の段階に向かう時に来ていました。このとき、お父さんやお母さん向けの雑誌「マンモス」を創刊しました。またワールドカルチャー雑誌として「ペーパースカイ」も始めました。僕は非常に長い間、現代的かつ現実的な旅行者向けの「ナショナル・ジオグラフィック」のポップバージョンのようなものを考えていました。「トキオントラベラー」の一種として始めたことが「地上向け機内誌」になったのです。

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現在のプロジェクトをいくつか教えてください。

現在もまだ、「ペーパースカイ」を手がけていて、ちょうどインドネシアのバリから戻ったところです。また、「マンモス」を手がける傍ら、服飾ブランドのシップスと共に「シップス+マンモス」と呼ばれる子供服ブランドを展開しています。また「マンモス」は「マンモス・パウワウ」という親子のための年一度のキャンプと音楽祭をプロデュースしています。その他には、「フリーマガジン」もしくは「フリーペーパー」を日本でのムーブメントにした最初の雑誌「メトロミニッツ」で編集長として活動しています。これは、もともと東京メトロの地下鉄の乗客のために作成したもので、いとうせいこうさんと共に「プランテッド」という植物に関することや、どのようにして植物と共生するかについて掲載する雑誌も編集しました。残念ながら、3年後にこの雑誌の発行を中止しなければなりませんでしたが、最近そのプロジェクトを「プランツプラス」と改名、オンライン上のテレビ局の形をとってウェブへと移行しました。

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コラボレーションの長いリストがありますが、最も記憶に残るいくつかを聞かせてくれませんか?

TOKIONと共に実に沢山のことをやってきました。日本で“ダブルネーム”のトレンドのきっかけをつくったのもそうですし、それ以来、世界にも波及しています。また、アンダーカバー、ベイプ(ア・ペイシング・エイプ)、藤原ヒロシ、ポーター(吉田カバン)、ステューシー、リーボック、クロックス、シップス、カシオ、タイメックス、リー、その他多くのブランドとコラボし、色々なモノを作りました。

あなたを持続させているものは何ですか?またあなたのモチベーション、インスピレーションとなっているものや、ゴールは何ですか?

僕は好奇心が強く、いつも他の人々や文化について知りたいと思っています。「ペーパースカイ」のような旅行雑誌を作ることは自分にとってパーフェクトです。なぜならそれは自分の心を開いた状態に保ってくれるし、非常に貴重な伝統、考え、アイディア、人々を世界や日本の読者へと届けることができるから。ニーハイメディアにおける僕たちの座右銘の一つに「世界に向ける日本製」というのがあります。それと1996年に私が改作した言葉で「ワイドスクリーン」(元々ソニーがテレビの形について言及した言葉)がありますが、僕はその言葉をアイディアやメディアについてオープンに考える方法を表現するニュアンスとして捉えてみました。これは本当にモチベーションとなりますね。また、生活することや、生活の中で得る全てのとてもユニークな経験がインスピレーションになります。

Text: Vicente Gutierrez
Translation: Yuya Masumoto

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