ビット・ジェネレーション 2000 テレビゲーム展
昨年の10月28日から先月1月28日まで、水戸芸術館現代美術ギャラリーで世紀をまたいだスケジュールで開催されていた 「ビットジェネレーション2000 テレビゲーム展」という展覧会に行って来た。
この展覧会は、世界初の商用テレビゲーム「コンピュータ・スペース」の誕生(1971年)から今年で30年をむかえた「テレビゲーム」を社会現象としてとらえ、ただ「遊ぶ」ためのものから「考える」時期に入ってきたことを僕たちに投げかけている。
「ビットジェネレーション」とは、世の中の価値が「アトム (金=物質) 」から「ビット (数字=情報) 」に置き換わったこの 30年間という「ひと世代」を 差したもので、「テレビゲーム」は、この世代を読み解くための最良の素材として扱われている。
ワタクシごとだが、 僕もちょうど30歳。 いうなればこの「ビットジェネレーション」という世代をそのまま共有してきたことになる。お茶の間のテレビにクールなゲーム機がつながれ、今思えば点と線だけが動き回っているだけの「ブロック崩し」に興奮したことにはじまり、カリスマゲーマーのハシリ「ゲームセンターあらし」を読みまくり、熱い想いで「インベーダー」に挑んだり、ファミコンがはじめて友達の家に入った日にはみんなで遅くまで入り浸ったり、はじめて「ゼビウス」を見て感涙にむせいだりと、テレビゲームが原体験と密接に結びついて今に至っている。
僕たちはいつもテレビゲームを通して最新テクノロジーを体験してきたわけで、今でも「新しさ」がゲームからやってくるのではないかという「期待感」をゲームに抱いてしまう。
この展覧会では、こうした時代の節目をつくった主要なゲームを展示・体験できたり、それらがどのようなキーワードで進化していったのかを丁寧に解説している。
なかでも、最初のスペースに展示された、「アトムとビット」の違いを空間的に比較したインスタレーションは印象的で、本物の卓球台と、テレビゲームの「ポン」をプロジェクターで卓球台に投影したものを併置してみせたものや、参加者がその上を実際に歩き回れるパックマンなど、ビットという形のないものを敢えて空間に立ち上げることで、参加者をテレビゲームという文脈に取り込むための効果的な導入となっている。また、アートとは違う道のりを歩んできたテレビゲームの世界が、美術館という空間に進出してきた象徴的なシーンとも言えるかもしれない。
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