ミルチャ・カントル展「あなたの存在に対する形容詞」

HAPPENINGText: Noriko Ishimizu

東京・銀座メゾンエルメス フォーラムでミルチャ・カントルの個展「あなたの存在に対する形容詞」が、4月25日から7月22日まで開催している。

ミルチャ・カントルは1977年にルーマニアで生まれたアーティストで、パリを拠点に活動している。国内ではヨコハマトリエンナーレ 2011や、いちはらアート×アートミックス2014、「幸福はぼくを見つけてくれるかな? ─ 石川コレクション(岡山)からの10作家」(東京オペラシティ アートギャラリー、2014年)に参加。写真・彫刻・映像・インスタレーションなどを手掛けており、ギャラリーのホワイトキューブに放たれた一対の鹿と狼の不自然で緊張した関係を撮影した映像作品《Deeparture》で、その名を広く知られるようになった。カントルの個展は国内初となる。

ミルチャ・カントルの作品は、日常で感じている世界がいかに複雑で不確かなものかを気づかせてくれる。今展では、会場となったレンゾ・ピアノ設計の建物「メゾンエルメス」から着想を得た新作3点を展示する。カントルは10年ほど前から“透明”をテーマにしており、今回も建築のガラスブロックに呼応する形で制作に反映したそうだ。作品について、広報担当者に話を聞いた。

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《風はあなた?》《呼吸を分かつもの》(2018)Photo: © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

まずこの作品のために空間を仕切り、2つの扉がある部屋を設置したという《風はあなた?》から見せてもらった。入り口を開けると、扉の動きと連動してウインドチャイムが鳴る。チャイムは特殊なものを使っているわけではなく、アメリカで一般的に市販されているものだそうだ。「チャイムを揺らして奏でる風は、扉を開けるあなたが起こす」とも読み取れる作品だ。涼やかな音は室内の空気の質感まで変えた。

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《風はあなた?》《呼吸を分かつもの》(2018)Photo: © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

この部屋にはもう一点作品が展示されている。ガラスの屏風に作家自身の指紋で有刺鉄線を描いた《呼吸を分かつもの》だ。『アメリカで同時多発テロが起きた時期に、空港で10本分の指紋を取られた経験が元になっているそうです。個人情報である指紋を強制的に取られることについて違和感を抱き、あえて自ら指紋を使いアートとして公開するという、アンチテーゼの意味合いもあるのでしょう』

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《呼吸を分かつもの》(2018)Photo: © Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

指でスタンプした楕円の一つ一つは大きいものではないが、一目で指紋と分かるのは、アイデンティティを表す記号として強く認識させられるからだろうか。ガラスの屏風の高さは作家の身長と同じ173㎝。幅は高さに対する黄金比率で出している。部屋の光の入り具合によってはガラスの反射光がなくなり、有刺鉄線だけが独立して浮かび上がって見えることもあるそうだ。

屏風は日本家屋で仕切りに使っているイメージがあるが、本来は風よけに使うものだったという。ウインドチャイムと屏風の作品には、どちらも「風」という共通のキーワードがあったのは意外だった。チャイムに干渉しないもう一つのドアから退室し、次は展覧会タイトルになった映像作品《あなたの存在に対する形容詞》について聞いていく。

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