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丸若屋

PEOPLEText: mina

2010年1月。上出・九谷・惠悟展 「九谷焼コネクション」(スパイラル)、「医学と芸術展」(森美術館)などで注目を浴びる上出長右衛門窯・上出恵悟。そこには、日本の伝統工芸を新たな視点で現代に蘇らせようとしている、若きプロデューサーの丸若屋代表・丸若裕俊がいる。2009年のデザインタイドでは印傳(いんでん)という、数百年に渡り日本に伝わる鹿革に漆でプリントをした工芸を使用し、浅草の職人と共にデザインしたiPhoneケース「otsuriki」を発表。一躍、丸若屋という存在を知らしめた当人だ。自らを民芸オタクだと話す丸若の、ものづくりへの熱き思いを伺った。

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© Maruwaka. Photo: Koichiro Kutsuna

丸若屋は単に反復することが伝統ではなく、そこからの積み重ねで育まれる新しいものこそが伝統だとするコンセプトのもと、ものづくりをされているそうですが、その中で「つくり手の責任のあるものづくり」に対し強く意識的であると伺いました。そのあたりについて、お聞かせください。

「つくり手の責任のあるものづくり」というのは、一般にセクションごとに責任があって、それは知らないとか、担当じゃないんでとか、上の者に…とか、よく聞くじゃないですか。それを聞いたときに誰もがそうだと思うんですけど、気持ちよくないと思うんですよ。政治の番組なんかを見ていても、曖昧なことを言って無責任に逃れることを前提にしているとしか思えない。例えば、注意書きとかを見ても逃れるための注意書きですよね。それはものづくりにもすごく言えることだと思うんです。だから伝統工芸に関しては、特につくり手のそれぞれの人が次の人、使う人までを見てつくることが大切だと思うんです。職人さんと話してみてすごくわかったのが、「そういうのはできない」って言うことや本来あるべき頑固という姿は、それをやることでうちのブランドやお客さんに対して顔向けができないっていう、そういった意味での頑固だと思うんです。頑固っていうと融通がきかない、発想力がないという人もいっぱいいると思います。それは、その言葉に甘えてる責任逃れだと思うんですよ。やっぱりつくり手はいつもチャレンジしないといけないし、いいものをつくれるんだったらどんな技術でも、どんな困難な道でも進むのがつくり手のあるべき姿だと思うんです。その両方に歪みがあると思うんですよ。それを無くすために一番簡単なのは、多分責任を持つことだと思うんです。そういう意味で、「つくり手には責任が必要である」と。そして、使い手にも、僕たちのポジションも勿論そうだと思うんです。

伝統工芸にかかわるきっかけはどういうものだったのでしょうか?

ある時、人を介してご紹介いただいた九谷焼が最初のきっかけです。根本的に僕は、手仕事であったり日本の文化というものに対して興味があり、好きっていう気持ちが強かったので。例えば、子供が仮面ライダーを見て熱狂するじゃないですか。それと同じように日本のものを見たときに、僕はこれは古いもの、これは新しいもの、これはつくられているもの、こっちは文化的なものっていう概念がないので、簡単にいうとヤバイかヤバくないかっていう。その時に仮面ライダーよりもヤバかったんですよ、単純に言えば。それが年代を追うごとに、実は自分たちのDNAの中に本当は実在していたものだっていうのに気づいた時のショックというか、衝撃があったんです。自分の何代前かわからないですけど、おじいちゃんとかがちょんまげをしてたってことに気づいて。これは途切れるのがもったいないなっていうのがありました。

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「skull」Photo: Koichiro Kutsuna

そういうことに敏感に反応できる感受性というか、そういう素地が人一倍強かったから実際こういう活動に繋がっていったのですね。日本人であれば、みんながそういうDNAを受け継いでいるわけで、それが丸若さんほどの行動力をもってここまで形にして発信しているのは、何が違うからだと思いますか?

僕が育った地域が横浜の中華街で、絶えず多国籍な環境にさらされてたんです。そんな中で子供ながらに、日本人というものに対してすごく意識が出てきた。僕は海外の文化は素晴らしいものだと思うんです。でも、日本人の文化は少なくともそれに負けてるものではないと間違いなく思う。それなのに、日本の若い同年代の多くは、そっちに興味を持ってくわけじゃないですか。それにすごく疑問を持ったんですよ。僕は全然海外生活もないんですけど、多国籍な中で育ったってこともあって、海外の人たちに対してコンプレックスがないんです。外人の見た目がかっこいいのはわかりますけど、彼らがちょんまげしたらかっこいいのかっていうとかっこよくないわけで(笑)。だから日本人らしいかっこよさっていうのがあると思うんですよね。それはすごい、国際基準になると思うんです。いくら日本人がイタリアのスーツを着ても、それは何て言うか演歌を歌ってる外人にしかならないわけですよね。根底にはかっこよくなりたいっていう願望はあると思うんです。その規模感がセンター街でかっこいいと言われたいのか、東京でなのか、日本なのか、国外なのかっていう規模感の問題だと思うんですよ。僕は、大きいとか小さいとかではなくて、どこに行っても誇れる感じっていうか。どこの国に行っても何をやってるって言えるし、何をつくってるというのも言える。それがすごくストレスがない状態ですね。

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葛西由香
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