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キム・カスコーン

失敗の美学:現代コンピュータ音楽における"ポストデジタル"傾向。

キム・カスコーンの名前を初めて聞いたのは8年前、実験電子音楽についての調査をしていた頃のことである。今では有名なメーリングリストになっている「マイクロサウンド」を1999年に立ち上げ、変わった音楽やオーディオ機器、音と音楽を使った実験などに興味がある人々すべてが集えるプラットフォームを形成した。

1955年生まれの彼は、現代の実験電子音楽のパイオニアのトップ10に数えられる。芸術的な作品が有名なのはもちろんだが、サウンドデザイナー、理論家としても名を馳せている。2000年にコンピューター・ミュージック・ジャーナル誌で発表した、多くの若者に多大な影響を与えることとなった文書が「失敗の美学:現代コンピュータ音楽における"ポストデジタル"傾向」である。

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ラップトップ作曲家、フィールド・レコーディング・アーティスト、サウンドデザイナー。いろんな肩書きを持っていますね。

説明や分類するのは嫌いです。なぜなら、一部の読み手や聞き手に期待を持たせてしまいますから。パスポートの職業欄に何か書かなくてはならなかったので、渋々作曲家としました。かつて、フランク・ザッパが『作曲家とはひとつの音を次々と置いていく人である』と言っていたのを解釈すると、やっぱり私は作曲家ということになります。


ポストデジタルという言葉について教えてください。

もうすでにアナログとデジタルの区別はないように思います。アナログの世界はデジタルの世界に包含されています。だから、デジタル分野に驚かされるということもないですし、ユニークであると考えることもないです。それは、アナログデータに出たり入ったりする単なるドメインの一つであり、私達が行うことすべてがデジタル分野に触れている、あるいは、蓄積されています。デジタルテクノロジーが目新しいのは過去のことで、アナログとデジタルをもはや比較しないですし、オリジナルであるという概念も、もはやなくなってきています。その結果、我々は今、ポストデジタル時代にいるわけです。私達がいるところはあらゆるものがその分野に移行している場所です。おそらく、今は「クラウド」の時代にいるのです。こういったことは、ただの説明や分類に過ぎず、他人とコミュニケーションする以外に意味のないものになりますね。


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音楽はどのように作りますか?

最近は、ラップトップと同じくらいマイクロフォンを使います。パフォーマンスやアドミン作業などのために、OS X からLinuxへと移行しましたが、Max/MSPやお気に入りのVSTプラグインなどを動かすのに、古くなったPowerbook G4をどうにか使い続けています。また最近頻繁に行っているフィールド・レコーディングを操作するためには、OS Xで編集して、ウブンドゥのラップトップにアルドールを入れて作曲しています。さらに、ライブ・ミックス・パフォーマンスのために、アルドールを使おうかなと考えているところです。


70年代後半、ボストンのバークリー音楽大学で電子音楽について勉強した後に、エレクトロニクス・フォー・メディスン(Electronics for Medicine)という会社で働いていたそうですね。その頃の様子を教えてください。

電子音楽への興味が増すばかりで完全に電子音楽に集中したいと思い、1976年にバークリーを後にしました。そうして、グリニジビレッジの音響専門学校で音響エンジニアの勉強を、マンハッタンのミッドタウンの専門学校で電子音楽理論について学びました。その頃、ニューヨーク北部にあるエレクトロニクス・フォー・メディスンの貯蔵庫係として雇われて、当時はそこに住んでいました。4年間働いた後、エンジニア技術者へ昇進して、そこで電子工学について相当な知識を得ることができました。その頃、どうしても欲しかったシンセサイザーARP2600を買える余裕がなかったので、一からアリーズ社のシンセサイザーを組み立てました。クライアントのために、巨大なモジュール式のシンセサイザーをデザインして作ったこともあります。そうした経験から、他のミュージシャンにではなく自分に作ってみることを決めました。


80年代はカリフォルニアに住んでいますね。ニューヨークから移り住んでみてどうでしたか?

1982年にサンフランシスコを訪れたのですが、非常に気に入りました。当時は、ニューヨークに住んでいましたが、家主と訴訟の真っ只中でした。精神的にも金銭的にも限界に来ていたので、素晴らしいアートや音楽のあるサンフランシスコに引っ越したかったのです。子供の頃、ヘイトアシュベリーについての雑誌記事を読み、その街や文化に魅了されていきました。芸術的探求者である私にサンフランシスコはぴったりでした。しかし、カリフォルニアのライフスタイルに順応するまでには少し時間が必要でした。当初は、四季がない中で生活していくのは大変だと思っていましたが、今では逆にそれが心地よくなってきました。


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デビット・リンチ監督の有名なアメリカのTVドラマ「ツインピークス」に関わったときのことを教えください。

1989年頃、録音作業の大半を行っているスタジオで映画の音楽を作る仕事をしていました。一つの仕事が次の仕事に結びつき、最終的には、バークレーにあるソウル・ゼインツ・フィルム・センターで働いていました。そこで出会った人に、ツインピークスのフィルムの編集クルーとして雇ってもらいました。


サウンドデザイナーとして、日本のアニメ映画にも携わっていますね。どの作品でどんな音楽だったか教えてください。

アニメ映画のサウンドについては分からないです。どこで聞きました?「鬼」というアニメゲームの仕事はしました。それのことでしょうか。


好きな日本のアーティストはいますか?

秋田昌美の作品には長年注目しています。昔、アスムス・チェチェンズと彼と私で「GRAV」というCDをサイレントレコードから出しました。それから、昌美と2人でサブローサのコラボCDを出しました。彼と友達でいられることを非常に光栄に思っています。本当に優れたアーティストです。


今後の予定についてお聞かせください。

最近、バルセロナのストゥルングレーベルからCDを出しました。「シネマティック・サウンドスケープ」と呼んでいるシリーズの一つです。今夏には、ポーランドのレーベルから新しい仕事をしており、その中で話される言葉を書いています。いつかは、ラジオドラマを手掛けてみたいと思っています。他にもいくつかプロジェクトを抱えていますが、現段階ではお話できることはないです。


Text: Shintaro Miyazaki (Institute of Algorhythmics)
Translation: Kazunari Hongo

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