粟津潔展

HAPPENING

思考する眼差し、絵画するイメージ。

札幌宮の森美術館で9月5日~11月3日まで「粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ」が開催されている。通常、グラフィックデザイナーと呼ばれている粟津潔氏だが、その仕事の幅は絵画、立体、写真、映画、舞台、建築、環境と多岐に渡り、膨大な作品数を残している。札幌宮の森美術館の壁に並べられた作品は、その時代、粟津氏が夢中になっていたもの、目線、思想が見えやすい作品だった。今回の展覧会にあたり、残念ながら粟津潔氏は来札出来なかったのだが、代わりにご子息の粟津ケン氏が来札。貴重なお時間をいただき粟津ケン氏にお話を伺いながら、粟津潔氏の作品にふれることが出来た。

粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ
海を返せ/1955/公共ポスター/オフセットB1/© Kiyoshi AWAZU

エレベーターを出て、最初に目についたのが「海を返せ」と書かれた古いポスター。この作品は、それまで映画のチラシ等を描く仕事をし、絵描きになろうとしていた粟津氏が日宣美展に出展、大賞を受賞し、その後デザイナーと呼ばれる仕事に就くキッカケとなった作品である。

1955年頃の日本のデザイン界はモダンデザインが主流だった。西洋文化が影響し、直線や曲線、構成主義的なものが流行していた時代に、この「海を返せ」という叙情的作品は、当時のデザイナー達にかなりの衝撃を残した作品だったという、粟津氏を語る上で外せない作品だ。

『今、ここに展示されているのはレプリカなのですが、本物はコラージュが施された作品なんです。着物の部分は布の端切を使ってコラージュされています。この作品は千葉の九十九里浜で米軍が軍事演習をし、そのため街の海が汚され、漁師達の海が取られたという事で描いたポスターだと聞いています。当時はモダンデザインが主流で、紙の上で構成を競っていたデザイナー達が多かった中、あえてコラージュという手技を確信犯的に残し、この直接的なメッセージを残す作品が日宣美賞を受賞したのは、その後の日宣美展にも影響していきますし、またこの時代から現在も活躍されているアーティストの皆さんが日宣美展を目指すようになったキッカケにもなったと伺っています。』とケン氏が話してくれた。

粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ

「海を返せ」の他にモノクロ写真、半紙に書かれた象形文字、また線だけで構成された作品、宇宙人を思わせるこの世のものとは思えない絵など、粟津氏の好奇心が溢れている作品が壁一面に飾られている。

『彼は独学で絵を描いてきました。両親を幼い頃に亡くし、自由だった彼の美術の学校は彼の育った目黒の下町でした。だからと言う訳では無いと思うのですが、彼は庶民的なものを好み、また多岐に渡る興味を示し、その見たもの、想像を作品にする事が多かったみたいです。』とケン氏が語るように、下町で撮影したと思える粟津氏の目線の写真や、その当時粟津氏が惹かれていたと思える作品が展示されている。また粟津氏が実際に使用している机、竹筆も展示されていた。

粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ

モノクロの世界から一転し、サイケデリックな色彩を使用したポスターが目に飛び込む。ほとんどが1970、80年代の映画、演劇、公共ポスターなど粟津氏が手掛けた作品が壁にびっしり展示されていた。演劇関係の作品はタイトルからアングラな作品に携わることが多かったように思えるのだが、彼の情熱はきちんとそれらのポスターにも現れている。

粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ
ANTI WAR -A/1971/公共ポスター/シルクスクリーンB1/© Kiyoshi AWAZU

『彼は興味を持ったものは自分が納得するまで、とことん描く人なんです。北斎なのど浮世絵にも惹かれていた事があるそうですし、線に惹かれたら線しか描かなくなります。何故それに惹かれたのかと聞かれても僕には分からないのですが、惹かれたものはとことん勉強し、とことん描き続け、作品となっています。』とケン氏が語るように、線、目、手、亀、牡丹、阿部定など当時粟津氏が惹かれていたものが描かれ、版画、シルクスクリーンなどの手法で作成されている作品が多く展示されていた。

粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ
野盗、風の中を走る/1957/舞台ポスター/シルクスクリーンB1/© Kiyoshi AWAZU

色彩が強い作品が並ぶ中に、これまた違う画風の作品が展示されている。
『彼はその時に影響を受けた作品等を模倣していき、自分の作風に取り込み、オリジナルにしていきました。だからがらりと画風が変わっていくのですが、1950年代最後の頃はベン・シャーンの作品を好み、次々と模写をしていったと聞いています。なぜベン・シャーンだったかと言うと所謂、文字も含めて社会派な作品を残した方で非常に興味を持ったらしいのです。実際、ベン・シャーンが来日した時は京都まで、和田誠氏と自分達の作品を持って会いにいったほどベン・シャーンに惚れ込んでいたと聞いています。』とケン氏。先ほどの1970、80年代の作品も、それより以前の作品もその時々で粟津氏が影響されたものが現れ、また今で言うコピーライトも粟津氏の直感的思想が如実に現れている作品も展示されていた。

粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ

1980、90年代になるとまた更に画風は変わってくる。鳥、牛、喜びを表している様に見える人間、天使などがモチーフとなっている作品が多く、先程までの色見が強い作品とは異なり、淡く、優しい色使いが目立つ。今回の展覧会では、東京から粟津氏の知人が来札していたのだが、夜に行われたトークショーで『先生は鳥に興味を抱くと、先生自身が鳥になるんです。それくらい夢中になるんです。』と話していた様に、粟津氏の作成風景の映像の中で、実際鳥のまねをしている映像も流れていた。

『彼は絵の他にも、建築や映像にも常に興味を持っていました。建築は1960年の世界デザイン会議を発端に、それが大阪万博へと続きます。彼はメタボリズムという重要なグループのメンバーで活躍していきました。映像も60年代、草月アートセンター発足の頃から、勅使河原宏の劇映画のタイトルデザインを作り始め、70年代のはじめには自作の実験映画も製作しています。80年代以降は絵画を改めて描く、というルーツに戻り次々と作品を残して行きました。』

粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ

今回、作品を眺めて、またケン氏のお話を聞いて、やりたいものはとことん追求する、それがその時代に合ってなくともそれがやりたい、または興味があるからとにかくやるんだという粟津氏の素直な思い、行動力、また情熱を感じた。『彼はとても明るくて、無邪気な人です。色々なものに興味を持ち、それを包み隠さず模倣し、作品にする。良いものは良いんだ!とはっきりしている人なんです。それがただ単に紙の上だけでは無く、広く自分の表現の場を築いていきました。それは彼の性格と姿勢がそうさせたんだと思いますし、現在でも活躍しているアーティストの皆さんに多大な影響力を与えたのだなと思います。』とケン氏が語る様に「人間・粟津潔」がとても現れている作品ばかりだった。

粟津潔展 − 思考する眼差し、絵画するイメージ
会期:2008年9月5日~11月3日
会場:札幌宮の森美術館
開館時間 : 11:00~19:00(入館は18:30まで)/休館日 : 月曜日(祝日の場合は翌日)
観覧料 : 一般500円、高大生300円、中学生以下無料
主催 : 札幌宮の森美術館
後援 : 札幌市、札幌市教育委員会

Text: Kazumi Oiwa
Photos: Kazumi Oiwa, Satomi Gentsu

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