シュレン・ザ・ファイア

PEOPLEText: Yurie Hatano

札幌を拠点に活動するアーティスト「THA BLUE HERB」(ザ・ブルーハーブ)が運営するレーベルから、アルバム「My Words Laugh Behind The Mask」をリリースした同じく札幌在住のアーティスト、シュレン・ザ・ファイア。アブストラクトなジャズのトラックに即興の詩をのせ、ラップする、新世代のヒップホップ・アーティスト。彼の活動は音楽にとどまらず、他分野でのコラボレーションなど確実に活動の幅を広げつつある気鋭クリエイターの一人だ。

まずはじめに自己紹介をお願いします。

シュレン・ザ・ファイア。ラッパー、トラックメーカーです。

「シュレン・ザ・ファイア」という名前の由来は?

マンガ「北斗の拳」の中のキャラクター “炎の朱蓮” を英語に訳したものです。

ブルーハーブレーベルからリリースにいたったきっかけは?

1996年年頃、彼らがFMでやっていたヒップホップ番組に衝撃を受けて、自分でもラップを始めました。デモテープを作って番組に送ったところ、それが放送されて、その後彼らのライブやスタジオに足を運ぶようになりました。2000年に初めてアルバムを作り渡したのですが発売されず、2002年頃次のアルバムを作り、もう一度渡したところ、発売されることになりました。

そうして2003年にリリースされたファーストアルバムでは、ジャズの要素やリリック(詞)からは、いままでのヒップホップとは一線を画したオリジナリティを感じます。それは意識的なものでしょうか?

中学生の頃から家にあったジャズのレコードをよく聞いていたし、自然に昔から好きでした。また、ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション(U.F.O)や、バックショット・ルフォンクなど、ジャズとクラブミュージックをミックスしたものがとても好きでした。リリックについてはヒップホップというより、ビートニクスやシュールレアリズムの雰囲気が好きでした。それらがミックスされてると思います。結局、自分が好きなものを組み合わせて詰め込んだ結果が、オリジナリティーにつながったのかもしれません。

何かコンセプトはあったのでしょうか?また、制作はどのようにしたのでしょう?

コンセプトは“ジャズの再構築”。好きな曲を材料にして、好き勝手にコラージュを作る感覚。あえて著作権などの事は考えずに、自分の好みに素直に従って作りました。その結果、著作権のクリアランスを取るのに、大きな手間と、時間と、お金がかかり、最終的に発売されない曲も多かったです。

制作に関しては、トラックは主に、レコード、CDからのサンプリングに生楽器を重ねたもの。その上にラップをのせました。録音は全て自分で行い、ミックスダウンとマスタリングだけ、エンジニアにお願いしました。

リリース後の反応はどうでしたか?

反響はとても良かったです。全国をツアーできたし、今もこうしてSHIFTと関わるきっかけになっているので、とても感謝しています。

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