マトモス

PEOPLE


Drew and Martin


何年か前、マトモスの1枚目のアルバムをサンフランシスコの、アクエリアスレコードで買った。いや、アメーバでだったか?よく覚えていない。その当時、僕は、ばかみたいに、見境なく大量のCDを買っていて、そのころ買ったうちの半分は一度聞いただけで、ベッドの下の引き出しに押し込められている。

最近は、CDをばかみたいに買いまくるという余裕もなくなってきて、代わりに、ベッドの下のCDをかき回して、何かいいのはないかと探したりしている。しかしどうだろう。そこにあるのは、ゴミばかりだ。

ある日、またベッドの下をあさっていると、冒頭で紹介したマトモスのCDを発見した。これはかなりの快心の発見だった。しかも、もっと驚いたことには、マトモスの2枚目のアルバム、「quasi-object」も出てきた。このCDは、最近僕のCDプレイヤーにかなりの頻度で登場するようになった。


Drew and Victor Scaggs

僕は、あまり大きなグラフィックデザインの仕事がなくて不安定な時、SFAIというアートスクールで講師をしたりすることもあるのだが、そこで偶然に、マトモスの2人、マーティン・シュミットとドリュー・ダニルの講演会を聞くことができた。2人は、無名でがんばっていた頃から、ビョークとコラボレーションなどをするようになるまでの話をした。(もちろん、ビョークとのコラボレーションだけが有名な訳じゃない。)また、最近イエルバ・ブエナ・センターで行われた、「Work Work Work」と題する、彼らのインスタレーションについての話も聞くことができた。


Martin and Wolfskin Rug

このインスタレーションは、彼らにとって、初めてのインスタレーションで、大失敗だったそうだ。その解決策として、今回は、彼ら自身がインスタレーションになろうということになったらしい。僕が思うに、インスタレーションの経験不足を彼らの作曲という得意分野で埋め合わせをするということだろう。

会場は、本物のスタジオのようにセッティングされ、シンセサイザー、コンピューター、グランドピアノなどでいっぱいだった。マトモスは、「アーチストのステージ」を彼らの耳に置き換えるという考え方をしていた。たいてい、アーチストのステージというのは、アーチストにとって快適なように設計されている。アーチストと観客の橋渡しの役割もあるからだ。実際、アーチストが演奏を始めると、彼らがスタジオにこもって作曲活動をしているときと同じような、近寄りがたさがよく感じられるものだ。


Wobbly and People Like Us

しかし、マーティンとドリューはそうではなかった。2人は、イエルバ・ブエナ・センターで、11月7日から23日の間、96時間をそこで活動すると公表した。そこで、午前11時から午後1時まで、ドリューはセンター内の、彼らのいるスタジオに一番最初にやってきた人をインタビューし、その内容をもとに、マーティンとミュージックポートレートを作り、午後2時から5時までは、ウォブリーやピープル・ライク・アスなどのようなゲストを招いてのパフォーマンスを行うというものだった。

僕は、その「音楽のポートレート」というアイデアが気になった。モマスのポートレートみたいに、経済的な窮地から逃れる為に作られるようなものだろうか?よく海岸沿いにある、どれも同じように見えるカリカチュア(風刺画)のようなものなのだろうか?あれこれ想像しても仕方がないので、実際に見に行くことにし、ある日の12時頃にそのセンターに足を運んでみた。僕が着いた頃にはもうすでに終わりに近づいていたので、次の日の朝に行き、ポートレートが制作される過程をもう一度最初から見ることにした。

午前11時、 僕はインスタレーション会場に入った。マトモスの友人である、ビクター・スカッグが、ミュージックポートレートに使われるインタビューに答えていた。まず、名前、年齢。これらの情報は、曲のリズム部分を決める骨組みとなった。ビクターは、彼の人生で重要な出来事を聞かれ、(ポートレートは、その人の生まれたときから現在までを追うものになるようだ)。この出来事は、曲の流れを変えるような部分となって使われた。その他、たくさんの質問がされ、中には、ルネサンス心理学に基づき、怒りっぽさ、凶暴さ、鬱性、無気力さなど、ビクターの性格を探るようなものもあった。これらの質問は、曲の中で微妙な色を加える要素として使われた。

質問が終わると、ドリューは実際に作曲を開始した。しだいに曲が完成していくのを見ているのは面白かったが、もっと気になったのは、時間が過ぎていくごとの3人の反応で、作曲終了時間の午後1時にはそれが顕著だった。途中で、マーティンがピアノを弾いている間、彼の携帯電話が鳴った。また新たにレコーディングをする時間はなかったにも関わらず、携帯電話の音がポートレートに加えられることになった。日常にあるものをユニークな方法でそれを楽器として使うマトモスに感心した。そして、携帯電話の音は、ビクターの妹の泣き声として使われることになった。

ポートレートの創作は、アルバム曲の作曲と、即興演奏の中間のようなものだった。時間は短かったが(マトモスは普通、1曲作るのに1ヶ月かそれ以上かける)、即興とは違って、まず最初に構成が決められた。そのような限られた時間内で作曲するというところから考えると、完成する曲のクオリティは、そのときによって様々だ。完成したポートレートはやはり、マトモスの実際の作曲過程ほどは興味深いものではないだろう。しかし、インスタレーションとして最も興味深い点は、素晴らしい楽曲を作ることではなく、ある個人の体験を音楽という形にしたということだ。

Matmos
住所:800 Hampshire Street, San Francisco, CA 94110, USA
matmos-2@sbcglobal.net
http://www.brainwashed.com/matmos/

Text: Krister Olsson from Tree-Axis
Photos: Victor Scaggs
Translation: Naoko Fukushi

※マトモスのCDは、アマゾンで購入できます。

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